料理ネタ


2008年1月

1月1日(火)

・昼
 ・ごはんと梅干
 ・おせち料理(の続き)
・夜
 ・雑煮
 ・おせち料理(の続き)

おせち料理は自分たちで作るのは大変なのでインターネットを通じてホテル(旧長崎ビューホテル)に注文していた。重箱のふたを開けてみると何とまあ、黒豆、数の子、田作り等々の伝統的な品々が上品に詰められているだけでなく、伊勢えび、ひな鳥の丸ごとロースト、ローストビーフにバラのつぼみがあしらってあり、とってもゴージャスなものだった。

用意されたコースのなかで安価なものを頼んだのにこんなのが届いたら、これからどんどんと主婦のやる気は削がれるわな。いいとこの家のお嫁さんで高い志を継がねばならない人や、料理自慢の奥さん、趣味人家族でない限り、とてもじゃないけどやってられないわ。おせちは「お金で解決」したほうが断然「得」だ。

でも、これからの私の目標は、お重にちゃんと詰めるようなことはしなくても、黒豆を炊いたり、数の子の筋を取り、だし汁に漬けたりぐらいはしたいな。とりたててゴージャスじゃなくても、実家の母がしていたことぐらいはやっぱり自分たちもしたい。それが「正月気分」ってもんよ。損得感情と気分(ムード)のどちらをとるかといえば、気分をとる。ムーディーな人間だからな。

昨日母の体を拭いていたら、またまた女同士の話になった。母の発言は長崎弁で私にはうまく再現できないので、できるかぎり正確な順番で標準語に置き換えると次のようになる。「夫婦仲をよいものに保ってください。女の秀才は曇天に等しいと言います。」 私「どんてん?」 母「そう、曇天。くもり。男の秀才はぱぁーっと晴れ渡ったような存在だけど、いいですか、女はどんなにがんばっても曇天のなかにいるのです。女の秀才は曇天に等しい(声を強める)。自分のほうが正しいと思っても、勝吉をうまくコントロールして勝吉の言うことをよく聞くように。あの子はたくさん苦労した人間だから。勝吉をどうかよろしく頼みます」。

母には軽度の認知症があると診断されているのだけど、認知症があるようには思えないときがある。息子のことがとても心配なのだ。そして嫁である私の態度のなかには、たしなめなくてはならないものを感じるのだと思う。

私はこういうときとても困ってしまう。自分がどういう態度をとればいいのかも決めかねている。

フェミニストとしての私は正直ムッとし、日和見主義者の私は「でもこれは女が学界で生き残るための知恵なのかもしれない」と思い、意地悪な私は「したたかにバカなフリをできる女が結局人生において得をするのね」と思う一方で、これらの見解は自分が秀才であることを前提にしないと出てこない発想だなあと苦笑いする。

秀才を賢者に置き換え、いつの日か自分も賢者になりたいと希求する修行の身の私にとっては、女であろうがなかろうか、人として、曇天のなかにいることを常に自覚しておくことは良いことかもしれないと思ったりもする。

どきりとしながら年末年始を過ごした。
1月2日(水)

・昼
 ・五島うどん
・夜
 ・雑煮
 ・おせち料理(の続き)

昨日まであられやみぞれ混じりの冷たい雨が降っていたが本日回復。夕方気分転換にゆういちろうと少しだけ散歩した。家は旧市街地に位置し、近くには外国人墓地や大浦天主堂がある。坂の一番上まで上がったらハーバービュー。夜景がきれいだ。坂の一番下から1本あがった路地には、バラック様の建物がびっちり連なり、まるで露店のように野菜や魚や日用雑貨が並べられている。昔の記録写真にあるような光景だ。完全に地元向けの商売をしていて、年の瀬でもあまり活気はない。全部ひっくるめてとても長崎らしい場所だ。

全国各地のニュータウンが排除してきたものが長崎の旧市街地にはたくさん詰まっていると思う。だから私たちはときどきここに来たくなるのだと思う。

帰宅2日目の夜から母の様子が少しおかしい。箸の先で何もないところをつつこうとするなど目がほとんど見えていないようだし、幻覚が見えるのか夜何度も起きていろいろなことを訴える。体調によって症状がよくなったり悪くなったりするとは聞いていたが、いざそれを目にするとこちらもうろたえてしまう。私のことを介護士だと思うこともあるようで、施設の人が迎えに来たと夫に伝えることもあった。

ゆういちろうも一生懸命考えるようで、「ゆういちろうも年を取ったら目が見えなくなるの?」と質問してくる。「うんそうだよ。今は大丈夫だけど、あと80年ぐらいたってゆういちろうがおじいさんになったらだんだん目は見えなくなるよ」と答えるようにしている。

食事は夫が作ってくれた。いつもありがとう。生鮮食料品がついに底をついた。正月2日から下の食料品店が開くと思っていたのに、あいにく閉まっていたので、昼は真の意味での素うどん、夜は餅とわずかばかりの野菜の入った雑煮であった。

明日は牛肉の入ったカレーにしようと固く誓い合った。おいしいぞ、カレーは。
1月3日(木)

・昼
 ・餃子入り味噌汁
 ・握り寿司
・夜
 ・赤ワイン
 ・ビーフカレーライス
 ・プチトマト

母は昨晩10時半から今朝9時まで一度も起きることなくぐっすり眠っていた。おかげで私たちもゆっくりと寝ることができた。31日と1日の夜はほとんど寝れなかったのが嘘のようだ。昼間もほとんど眠っていた。全般的に活動が控えめになった。それまでは施設から自宅への移動に混乱して興奮していたのかもしれない。

体を拭いたときは、「ありがとね。気持ちよか。みきさんも疲れたやろ」とねぎらいのことばをかけてくれた。声の表情もとても優しかった。ごくごく「正常」で社交的なやりとり。幻覚も見ることなく、目は普通に見えているようだった。認知症のなせることなのか単なる老化現象なのか分からないが、いずれにせよ年を取るのは行きつ戻りつしながら生活することなのか。

食事はいつものように夫(おっと)主体で準備された。私は手伝ったくらい。テレビに出てきておいしそうだなあと思ったものが、食卓に並んだ。家にこもっているとメディアの影響力大。
1月4日(金)

・昼
 ・焼き餃子
 ・皿うどん(細麺)
・夜
 ・シャンパン、赤ワイン(グラス)
 ・いろいろおつまみ

母を特養に送って、奈良に戻ってきた。

特養では新しいケアマネージャーさんと相談も兼ねた打ち合わせをした。施設にお世話になって1年半がたつのだが、その間ケアマネージャーは5人交替している。一人のケアマネージャーが70名を超える入所者全員を受け持っているそうなので(ウルトラ激務!)、ケアマネージャー間のじゅうぶんな引継ぎを望むのは無理があるというものだろう。家族がその都度説明するしかない。

昼は長崎空港の「牡丹」という中華料理屋で。相変わらずおいしい。空港を利用するたびに寄っている。お腹がすごく空いている人向け。一皿で十分満足できる。

昼とうってかわって夜は、伊丹空港の「ペッパーミル」というおいしいおつまみをいろいろ出してくれる店で食事した。ワインやシャンパンもグラスばかり。でもこれも一つ一つおいしかった。おいしいとこ一番絞りのタイプのお店だった。和仏伊ビストロと銘打っている訳が分かった。空港と「つまみ食い」の相性はよいと思う。また行ってみよう。

奈良の家の玄関を開けると寒気(かんき)を感じた。それくらい家全体が冷えていた。生活することで暖めていこう。風邪をひかないようにしなくては。
1月5日(土)

・白ワイン
・あさりのスパゲティ・赤
・いろいろ野菜のポタージュスープ

そういえば最近スパゲティを食べていなかったことに気付き、ジローラモ・キクコ夫妻の書いたレシピ本「おウチで作るイタリアごはん」を見ながら、あさりのスパゲティを作った。半分に切ったプチトマトを140度のオーブンで50分焼いたドライトマトを使うのがポイント。うちではあさりよりもそのトマトを楽しみにしていて、レシピでは1キロも使うことになっているあさりとはまぐりを4分の1量に抑え(あさり1パック相当)、ほとんどダシとして機能させている。私たちはたいていこれで十分。濃厚な魚介の味を求めているときは2パック使うけど。ゆういちろうも大好物だ。

あとはとにかく野菜をたっぷり食べたかったので、たまねぎ、人参、セロリ、じゃがいも、ごぼう、ブロッコリー(茎)、ほうれん草を入れたポタージュスープを作った。最後は牛乳でのばしてさっぱりと。

新品の湯沸かし器に交換され、欲しいときにすぐお湯が使えるようになった。これで安心して湯船に浸かって、シャワーで体を洗える。なんという幸せ。からだが温まる。家も温まる。
1月6日(日)

・日本酒
・雑煮
・昨日の残りのスープ

夫が長崎のなべ雑煮を作ってくれた。少し濃い目にしょうゆ味をつけたふだんの鶏鍋に、餅が入っている感じの雑煮である。日常の延長感覚で楽しめる。それとは反対に岡山の実家の雑煮は正月しか出されない。するめと蛤でダシをとる独特のもので、薬のような味がする。由来は聞いていない。「今年も正月を迎えられた」という節目感覚を呼び起こすためではないかと夫は分析していた。

ゆういちろうが長崎でデジタルカメラを使って自分で自分を撮った写真をここにアップした。向かって左手はカメラをいじっているうちに偶然取れたものだと思われる。右手は、それからしばらく自分をためし撮りしたのちの、私のヘアバンド(洗顔時の必須アイテム)を眼帯にしてポーズを決めて撮った、思いっきり「狙った」写真だ。

私たちは幼児に高価なカメラを与えるような親ではない。いじるたびに止めろと言っていたのに、母にかかりっきりになっている隙を見て懲りずにこっそり撮ったものがたくさんデータとして残されていて、いつの間にやと呆れるばかり。しかも眼帯写真は本人も面白かったらしく、怒られる危険性よりも、受けを取る可能性を取ったのか、けらけら笑いながら「ゆういちろう、撮った」とわざわざ私たちに見せにきた。

目隠しをして自分を撮って自分を確認する行為もなかなかのものだと思うが、こたつの上にプラレールと新幹線模型を配置して接写した写真群もあり、大人の視点では滅多に取れないだろうと思う斬新な構図をしていて驚かされた。

長崎では外遊びをほとんどできなかったのだが、文句を言わずに健気にがんばってくれたと、親ばかながらゆういちろうの成長ぶりに目を細めていたが、家のなかで密かな楽しみを見つけていたようだ。これもまた成長の証。面白いものはどんなに禁止されても親の目を盗んでやってしまうのだな。ということは、こちらもどんどん自分の意見を押し付けても大丈夫じゃないのか?
1月7日(月)

・日本酒
・七草がゆ
・あさりと三つ葉の吸い物
・刺身盛り合わせ
・きゅうりスティック、しょうゆマヨネーズ添え

正月も終わり。買ってきた七草セットを使っておかゆを作った。塩で味をつけたのみのおかゆは胃がきれいになる感じがする。刺身の盛り合わせのなかにあったイクラを戯れにおかゆの上にちょこんと乗せてみると、真っ白な米のなかの若菜の鮮やかな緑ととてもよく合い、見た目にもきれいな一品となった。

ひさしぶりの職場では正月気分を引きずってしまい、完全に呆けてしまった。12月中旬から病気で潰れてまともに仕事していなかったし、リズムがつかめない。明日は勘を取り戻したい。

昨日書き忘れたが、昨日は、遅ればせながらチューリップとアネモネの球根を植え込んだのだった。チューリップはもうすでに芽が出ていたので、ネットのなかから取り出すのに細心の注意を払った。チューリップもアネモネもうまく育ってくれればいいのだが。今晩は濃霧のうえにぐっと冷え込んできた。霜が降りないか心配だ。しばらくはやきもきしながら観察することになるだろう。
1月8日(火)

・日本酒
・餅入り鴨鍋
・ひじきと大豆の煮物

鴨鍋は夫が、ひじきと大豆の煮物は私が作った。鴨からとてもおいしいダシが出て、スープだけになっても最後の一口も残すまいと家族3人揃ってずずずと椀から飲み干した。実家の父も鴨鍋が好物であることを思い出した。

鴨鍋は長崎の家にあった唐子の椀に、煮物は年末に佐世保・三川内の玉泉窯で購入した小鉢に盛ってみた。びしっと食卓が引き締まって見えた。いつもの皿との違いは何なんだろう。依頼があれば『皿の品格』という本でも書きますよ私はと、つい勘違いも甚だしいことを考えた。

長崎にはその昔母が購入したプリントものだけどそれはそれは愛らしいカレー皿があって、年始にカレーを作ったときも、とてもいい気分で食事できた。皿への愛着というのは全くどこから来るのか自分でもよく分からない。情が移ってしまい、割りたくないと自然と大事に扱ってしまう、この優しい気分はどこから来るのか。
1月9日(水)

・赤ワイン
・ビーフカレーライス
・マッシュルームのミルクスープ

ほんとは生野菜サラダも出そうと、水にさらしてしゃきっとさせる下こしらえまで済ませていたのだけど、いざオリーブ油、酢、塩、胡椒をかけてテーブルに出さんという段階にきて、急に食べたくなくなりボールにラップをして冷蔵庫にしまった。火の通ったものだけ食べたくなったのだ。なんでだろう。

マッシュルームのスープは作るのを楽しみにしている料理のひとつだ。バターで玉ねぎとマッシュルームをじっくり炒めていくなかで、比較的初期の段階からいい匂いをさせているたまねぎに加えて、急にマッシュルームがしなっとするのと時を同じくて強い香りが立つ瞬間があり、その瞬間に立ち会えたとき台所にいる幸福を感じる。カレーとあわせるのはどうかと思うスープなのだが、作りたくなってしまったのだから仕方ない。

夫は仕事のため帰りが遅いので、ゆういちろうと二人で食べた。食事中にゆういちろうから「なんで怒っているの?」と咎められたが、全く身に覚えがない。そういえば過去に似たような体験がある。ひさしぶりに食事を共にした友人(女子)から後日「あのときはごめん。なんだか不機嫌にさせたみたいで」という衝撃の手紙が届いたことがあった。

夫がおしえてくれたのだが、私は何かに集中していると不機嫌もしくは悲しそうな表情になるそうなのだ。きっと目の前の人間のことを忘れてしまうほど、食べることに集中してしまったのだろう。そういえばそういえば、別の友人から、大事な話し合いの最中にやたら私が難しい顔をして考え込んでいると思い、密かに「こいつ、何かやるな」と思っていたら、実際は居眠りだったことが分かってびっくりしたことがあると言われたことも思い出した。やーねぇ。
1月10日(木)

・赤ワイン
・昨日の残りのカレーライス
・カレーうどん(夫と息子)
・マッシュルームとルコラと三つ葉のサラダ
・ゆで卵

昨日の残りものでまかなったとっても手抜きな献立。だけどカレーは昨日よりこくがでおいしかった。

ゆういちろうは保育園で習った覚えたての童謡「垣根の垣根の曲がり角、焚き火だ焚き火だ〜」をかわいらしいボーイソプラノの声を張り上げて何度も歌っている。ただなぜか「しもやけお手て」の「しもやけ」のところだけこぶしを利かせるので、妙におかしいのだ。保育園からの帰り道でも大声を出して歌っていたので、きっとご近所にも聞こえていたはず。こぶしは私が仕込んだわけではありませんと合いの手フォローを入れたかったが、やぶへびになりそうだったので止めた。

ひょうきんに育ったものだ。私たちが笑うとうれしそうにする。ただし笑われるのは嫌みたいで(「もう、笑わんといて」としょっちゅうふてくされる)、あくまで笑わせるのが好きなようだ。
2日分まとめて更新!

1月11日(金)
・ごはん
・鯛と鶏の水炊き(うどん入り)

土日に夫婦とも出かけるところがあるので、ゆういちろうのめんどうを見てもらうべく岡山の実家に連れて行った。私はそこで1泊した。父の釣った鯛がたくさん入った水炊きを食べた。ふかふかの布団でゆういちろうと二人で寝た。父母は少し風邪気味で、祖父はとても元気そうだった。


1月12日(土)
・イタリアンディナー

東京日帰り出張。朝早く実家を出て、東京に向かった。青年団公演『火宅か修羅か』のマチネをこまばアゴラ劇場で見た。最近仕事でほぼ毎日『ソウル市民・昭和望郷編』のビデオを見ているのだが、そこに出てくる俳優さんたちが『火宅か修羅か』にもたくさん出演されていて、なんだか不思議な感覚を味わった。終演後、多くのみなさんとちょこっとお話できたが、なんだか照れてしまった。

夕食は品川駅のなかにあるイタリアンでとった。作品のラスト近くで父親がテールスープを作ると言い出すシーンがあり、娘のひとりが「お父さん、テールやタンが好きだもんねぇ」というような内容のセリフを言ったのに思いっきり感化され、牛タンの赤ワイン煮込みを注文した。何事にも影響されやすいのであった。

奈良の家に戻ってプライベートメールをひさびさにチェックをすると、10日の夜に、最近投稿した論文の不採録通知が届いていた。がーん。ふたりの判定者の意見が、条件付採録とか中間的なものは出ずに、採録と不採録のまっぷたつに割れていた。そのため編集委員会議が開かれ、結局不採録に決まったようだった。私(たち)のやっていることは、好き嫌いが分かれる研究なのだな。これからもきっとそうだろうから足腰鍛えておこう。それと共著者とも作戦会議して早急に建て直しをはかろうっと。

家に帰ると、他にも重要案件の相談が入っていた。いずれ書こうと思うが、こちらは喜ばしいもの。悲喜こもごもである。
2日分まとめて更新!

1月13日(日)
・ビール
・チャーシュー麺
・焼餃子

友人夫妻の奥さん(ピアニスト)の演奏会に夫婦で出かけた。私たちはクラシックの素養皆無だけど、そういう者たちにも寛容な雰囲気の音楽会だった。関西特有なのかな、それとも現代的徴候なのかな。ちょっとくだけた風を装いつつ曲目についてしっかりと啓蒙をおこなう感じ。プログラムはブラームスのピアノ三重奏曲第1番 ロ長調 作品8と、今回の演奏会を機に初めてその名を知ったフォーレというフランスの作曲家のピアノ五重奏曲第1番 二短調 作品89。ブラームスは緊張感あふれる曲で、なぜか私までどきどきしてしまった。フォーレは流れるような曲だった。

そのあと岡山駅に移動して、実家の父とゆういちろうと合流し、新しくできた駅ビルのなかでラーメンを食べた(京都の宝屋というラーメン屋さんの支店とのこと)。どうしてもラーメンが食べたくなった。クラシックコンサートのあとにラーメン! これが私たちの姿だ。


1月14日(月)
・日本酒
・すき焼

実家から送られてきた肉ですき焼にした。ゆういちろうが肉好きなのを知ってからというもの、我が家は肉に恵まれる機会が多い。堪能いたしました。

銀行から新築のための借金申請の本審査が無事に通過したという連絡が入った。これで晴れて家作りのことをオープンにできる。仮審査済みだったもののまだ本審査が通っていないなかで、地鎮祭もおこなわれ、すでに着工、次は上棟式をいつにしようかという話にまでなっていた。こちらは万が一借りられなかったら一体どうなるのかと心配で胸が張り裂けそうだったのだ。さっそく夫がマイホーム建設日記の作成に着手した。
1月15日(火)

・日本酒
・しゃぶしゃぶ
・〆うどん

昨日残ったすき焼肉でしゃぶしゃぶにした。冷凍にするのはもったいなかっただけとはいえ、めったにない贅沢。孫パワー全開。私たちはゆういちろうライオンの周りにいるハイエナ夫婦のように、ご相伴にあずかりました。

青年団の『東京ノート』を題材にした日本語教育ソフトが開発されているのだけど、開発者のおひとりであるビクトリア大学の野呂博子先生から、それをもとにした論文とソフトの入った小包が届いた。これから真の意味で共同研究ができたらいいなあ。その場その場の状況に合わせてくっついたり離れたり、せちがらいことだけはしたくない。このご縁をゆっくりと大切に守り育てていきたいと思う。

他に、仕事では全く予想外のびっくりする知らせがあった。直接面識のない大御所の先生おふたりの推薦により、原稿執筆依頼があったのだ。他のメンバーの先生方を見たら、その分野で大きな業績をあげ世界的に認知されている先生方が名を連ねている。あまりに格差がありすぎるので、こうなったらのびのびと書かせてもらおう(とむりやり思いきかせることにする。本心はプレッシャーだらけ。押しつぶされないようにしなければ)。ウルトラ名誉なことで研究者冥利につきるのだけど、でもなんでこんな展開になったのだろう。謎だ。

捨てる神もあれば拾う神もある。人生、右往左往。

いずれにせよ、常に安住することなく努力・勉強し続けなさいということだ。そういえば最近なぜかいろいろな人が「あんたの研究に必要あるかも」と文献を教えてくれる。「善の衝動」に駆られた人々だと思う。私はめったに駆られないが、それでも周りに影響され、たま〜に駆られるよ。
1月16日(水)

・宅配ピザ
・宅配ミネストローネ

今日は自宅研修の夫が中華を作る予定だったのだが、免許更新に5時間以上も取られ疲れてしまったので宅配ピザにしようという提案。「えー」と文句を言えば自分で作らねばならなくなるのは必至。こころよくオッケーした私であった。

今日は、知り合いの業者さんも交えて午後みっちり時間をかけて研究打ち合わせをした。松本元先生のお弟子筋、プログラミングのプロで、国内外の論文を読みこなせるんだから、自分で研究をすればいいのにと思うのだが、ブレーン的なサポート役に回るのを選んだ方なのだった。話し合いのなかで方向性が絞られた。結果がどうでるか、どきどきする。そしていつものように、たくさんチェックすべき論文をいただく。はい、がんばります。

家を建ててもらっている工務店のほうにお金が振り込まれた。電子的に一瞬で振込み完了なんて、へなへなするくらいに軽やかにお金が行き来するのだ。借金そのものがすごく簡単で些細なことのように思えてしまう。頭では返済はすごく大変だと分かっているのに、今は全然その実感がない。魔物のようだ。「ようだ」という表現は生ぬるいな。借金は魔物だ。
1月17日(木)

・スパークリングワイン
・ごはん
・水餃子スープ
・八宝菜

夫が作ってくれた。食卓では「八宝菜は隠し味程度にちょびっとだけ醤油をたらすとおいしくなるね」と自己評価を下したりもした。頼もしい限りだ。中華はまかせた。

年度末。仕事場ではもっとも苦手なことをした。つまり、お互い全く関係ない3つほどの案件が同時にパラで走っていて、それぞれのタイミングで浮かんでくるサブタスクを解決しながら事を進めていたのだ。まったくもって性に合わない。気持ちがざわざわと慌ててしまう。でもってこちらがうっかり忘れていたことで先方に迷惑をかけてしまう事態も起こったりして、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。しっかりしなくては。

あと、本日なんとNさんが、ご自分で探し当てた論文を16本も紹介(コピー)してくれた。普通はそんなことしないよ。私は純粋贈与の親切な研究者に出会えてうれしい。お返しできるものは今すぐない。だから今は、ありがたくいただくだけ。いつか何かお返しできたらいいなあと思いつつ。(そしてある種の人は、その親切さにつけこみ、Nさんからアイデアをこっそりパクッていくのねと妙に納得しつつ。)
1月18日(金)

・日本酒
・鍋雑煮
・握り寿司
・スモークサーモン

今日もまた夫が作ってくれた。握り寿司とスモークサーモンは近くの生協でパックになったものを買ってきた。これも食べたかったらしい。余っていた餅を利用して、最後の鍋雑煮となった。

職場ではザ・事務仕事に追われた。この時期しょうがないとはいえ、なんとかならんかと思う。効率化を考える時間のほうが長くなったり、文句ったれの時間が長かったり。最初から手を動かせばよっぽど早いという、本末転倒な事態に陥っていた。

Always Look on the Bright Side of Life! と何度も呪文を唱えたい気持ちになる出来事もあった。Always Look on the Bright Side of Life!  Always Look on the Bright Side of Life! そういうときはね、植物に助けてもらうんだ。私の場合例えば、風呂上りにヘチマコロンを贅沢にじゃぶじゃぶ使って首から上をパッティングして、アロエエキス入り乳液で保湿。

ヘチマコロン好きだな。どこにでも売っているし。一時期魔が差して(私にとっては)高級な基礎化粧品を使っていたことがあるが、本来吝嗇ゆえ、もったいなくて一度にちょびっとずつしか使えず、かえってしみったれた気分になった覚えがある。これでは本末転倒なので結局止めてしまった。
1月19日(土)

・日本酒
・塩焼きそば
・水餃子スープ

お昼ごはんが遅かったので、夜はうちにあるもので簡単に済ませた。関西に来て初めて塩焼きそばという存在を知った。ソース焼きそばは、たまにインスタントラーメンのものを食べたくなるけど、家で材料をちゃんと炒めて作るとしたら塩焼きそばのほうが好きだという結論に一家で達した。

注文してあった現品処分品の肘掛椅子とリビングテーブルが届いた。まるで我が家に昔からあるような顔をして、すぐその場になじんだ。二つとも、気に入ったものが出てくるまで根気よく待って、ようやく出会えたものたちなので、すでに愛着を感じている。ずっと大切に使うからね。

椅子とテーブルがあるとソファ周りの場が全然違ったものになるのだな。今までは寝ころぶかテレビと純粋対面するために機能していたソファだが、人間同士が対面しておしゃべりする機能も付け加わり、とても楽しくなった。いつも食卓でお客さんと応接していたが、これからは用途に合わせて両方楽しめる。新居充実化計画進行中。
3日分まとめて更新!

1月20日(日)
・ラム入りカレー

東京日帰り出張。青年団の「隣にいても一人」プロジェクトを観にいった。標準語で書かれた原作をそれぞれの地方のことばで上演するというプロジェクトだが、この日は帯広、青森、広島の3方言、3本立てで観た。全く違う作品を昼夜続けて観劇するとほぼ間違いなくぐったりと疲れてしまうのだが、原作を同じとする1時間ほどのテンポよい作品だったので3つ観ても大丈夫だった。終演後、青森編をお手伝いしたうさぎ庵を主宰する工藤千夏さんとしばし感想を語り合った。楽しかった。夕食は品川駅構内ecuteのカレー屋さんで、15分で食べた。奈良に帰ると雪が降っていてびっくりした。


1月21日(月)
・オムライス
・ミネストローネ
・たらとじゃがいものオーブン焼き、ローズマリー風味

デミグラスソースで味付けしたオムライスがどうしても食べたいと父子が口を揃えて言うので、ハインツのソースを利用して家族3人が協力して作った。ゆういちろうはたまねぎとマッシュルームを炒めてくれた。よくぞここまで成長したものよのうとしみじみした。

食後映画『ひまわり』をDVDで観た。何度も観て筋は頭に入っているので、あいだを飛ばして最初(新婚生活)と最後(再会)だけ見ても条件反射的にインスタント号泣できる。この日思ったのは、もしかしてこの映画は、戦争で引き裂かれた男女の回想録ではないのではないかということだ。そうではなく、それぞれの子どもたちが「あのとき自分を確かに選んでくれたのだ」と大人になってからようやく気付き、親に感謝と哀悼の意を捧げるために作られた映画ではないかと思われ、なんだか余計に哀しくなってしまったのだった。

もう私の妄想のなかでは、映画のなかでは幼子だった子どもらが思春期になり、産んでくれなんて頼んでないとそれぞれの親に反抗する姿が出てくるのだ。その後それぞれ経験を積んで、自分の親の世代の事情というものが理解できるようになり、自分に子どもが生まれ親を亡くしてから、親の世代の物語を愛情と怒りをこめて描いたような気がしてならなくなってしまった。


1月22日(火)
・ごはん
・おでん

おでんが食べたいというゆういちろうのリクエストに応え、大なべに大量に作った。明日もおでんだ。今晩も冷え込んでいる。明日はどうか。
1月23日(水)

・日本酒(ほんの少々)
・刺身(ほんの少々)
・ごはん
・おでん(二日目)

まず最初に日本酒とともに2,3切れの刺身を食し、その後、あつあつのおでんとごはんをほおばった。冷たい雨が降った日の夕食にぴったりだと思う。

ゆういちろうと保育園帰りに生協に寄ると、同級生の男の子もいた。「これ買って」「だめ」とそれぞれの母親から言われたにも関わらず、お菓子売り場で2人とも立ち止まり、ぶつぶつおしゃべりしながら物色を続けていた。10円、20円の駄菓子がたくさん並んでいるところだ。どんなことをしゃべっているんだろうと思って立ち聞きすると、「高いな。これは大人になってから自分で買おうな」「うん、でもゆういちろうはな、6歳や7歳の誕生日にこれ買ってもらえんねん」などと真顔で会話をしていた。男の子は私のほうを見て「○○(自分の名)はな、千円持ってんねんやで」と鼻をふくらませ報告してくれたので、「おー、○○くんはお金持ちやなあ」と驚いてみせたら、もう満面の笑みを返してくれた。

子どもは憎たらしいときはとことん憎たらしいが、かわいいときはホントかわいい。そういえば昨日、「子どもが不幸になる映画だけはもう絶対に観られなくなった」と2児の母。同感だ。実をいうと私はかつて密かに子ども嫌いだったのだが、まったくいいザマだわ。

■追記
あなたはカローリングが何だかご存知ですか? 日本が生んだニュースポーツらしいです。氷の上でやるカーリングをアレンジした床(フロア)の上でもできるスポーツとのこと。本日、みんなでコミュニティスポーツ会館で講習会を受けませんかと、回覧板が回ってきました。正直惹かれています。愛すべきニュータウン!
1月24日(木)

・日本酒(ほんの少々)
・ごはん
・おでん(三日目)
・豚の角煮(パック入りの)
・温やっこ
・きゅうりの漬け物

夫が長野に出張中で不在のため、手抜き献立にした。天気予報によると北のほうに爆弾低気圧という名前だけ聞いてもものすごい感じの低気圧があるらしい。長野からの電話では、諏訪湖が凍りつくほど寒いそうだ。昨日も午前様近く帰宅し、夕食をかっくらい、今朝は6時起きして何も食べずに出かけていったので、からだが持つかどうか心配だ。我が家では30代から40代前半の人々のことを密かに入院世代と呼んでいる。周りを見ても一度は激務で入院したことある人が多い。

なんてことを考えながら、私は書類書きの合間に、『きんぎょ』という美しい本をぱらぱらとめくった。息抜きにぴったりの本だ。萩原朔太郎の詩もあった。

 金魚のうろこは赤けれども
 その目のいろのさびしさ。
 さくらの花はさきてほろべども かくばかり
 なげきの淵に身をなげすてたる我の悲しさ。

 (金魚 −萩原朔太郎−)

やっぱり月に吠える人は悲しみの表現の仕方も一味違う。今の私の心は、事務仕事を家に持ち帰ってしまった悲しみでいっぱいだ。ほんとうに要領が悪いんだから。悲しい。悲しい。悲しい。  
1月25日(金)

・ごはん
・鮭のホワイトシチュー
・トースト(ゆういちろうのみ)


仕事帰りのバス停では冷たい突風に吹かれて一瞬で目が乾き涙目になるほど、今日は冷えた。うちに帰ると家の中が外よりも寒いんじゃないかというくらい底冷えしていた。暖房をつけてもすぐ温まるはずもなく、かじかむ手でシチューの材料を刻み、換気扇はつけずに鍋からの湯気も利用して部屋を暖めようとした。作り終わる頃には部屋のなかはじんわりと温まっていた。

とはいえ寒い寒いと縮こまっていたら、夫が長野の上諏訪より帰宅。なんと外気温マイナス16度だったそうだ。それで、シンポジウム会場である旅館は全館がんがんに暖房を作動させてようやく室温15度、廊下に出ればマイナス2度(さぶい!)。この話を聞いてから、不思議なことに私のからだがポカポカし始めた。自分より不幸な人の話を聞いて自分は幸せかもと思うような、ダメな反応のような気もするが、本当に奈良の家に対して余り寒さを感じなくなったのだ。

ゆういちろうは、ホワイトソースを手作りしたときは、シチューでもグラタンでもよく食べる。とても分かりやすい反応だ。今晩はごはんだけでなくトーストも所望。シチューとパンはよく合うからね。 
1月26日(土)

・フレンチディナー

今日は夫の41歳の誕生日だった。例年のようにうちでいわゆる「ごちそう」を作ることも考えたが、私が明日東京日帰り出張で本日できるだけ英気を養っておきたかったため、こういうときこそレストランを利用すべきだろうと、地元でフレンチディナーと相成った。

ご夫婦で切り盛りされているレストランで、客全員が大事にされていると感じられるサービスがおこなわれていて、店内にはいつもほっとする空間が広がっている。ご夫婦の人柄が現れているとしかいえない。味も真面目かつ質実。先端かつ戦闘的な驚きの味覚を求めている人はきっと寄り付かないだろうな。だからこそ私たちは安心して食事できるのだ。私たちはその意味で超保守派だと思う。

マイホーム建設日記、更新中。今日も働いておられる方がいて、許可をいただいて撮影。ただの原っぱだったところに、ステップを踏んでちょっとずつ建物が形になっていくなんて、建築ってたまらなくおもしろい。設計図が出来上がる前の打ち合わせ段階で奥村ご夫妻と交わされた会話もとても充実していた。宝物の記録だ。

もちろんこれから作りながら変えていくところもあるかもしれないとのこと。これこそ未知普請っていうんじゃないかしらね。 
1月27日(日)

・チキンカレー

青年団の「隣にいても一人」シリーズの後半部3本立てを観劇した。スタッフで入っている俳優さんたちと二言三言ことばをにっこり交わす。ひさびさに平田オリザさんにもお会いした。お元気そう。そして熊本編には、「ニュータウン入口」で共演されていた南波典子さんと佐藤拓道さんもお二人でいらしていた。チャーンス。ここぞとばかりにご挨拶した。顔を覚えてもらえるといいんだけどな。予想外のことになんだかうれしくなって次の回が始まるまで駒場の町をうろうろ一周してしまった。

夕食は先週に引き続き品川駅エキュートのカレー屋さんで。一瞬で出てくるのが、時間がないときによい。

作品の感想をここに書きたいのはやまやまだが、あまりにメロウなことを考えたので、書くのは止すことにする。やだな、自分がメロウ人間になってる。恥ずかしくて世間に顔向けできない。。。
1月28日(月)

・チキンカレー
・ベビーリーフとプチトマトのサラダ
・ゆで卵

昨日の作りおきのカレーを食べた。夫が時間をかけて作ったものだ。図らずも昨日私はチキンカレーを食べたが、昨日のはインド風で今日のはお母さん風だからあまり重なっている感じがしなかった。

夕食が早めに終わったので、ひさびさに長風呂に入った。ほげっとした。雪見のできる露天風呂付きの温泉宿に湯治に行きたいと思った。特に持病はないのに湯治の必要があると感じる私は病気なのかな。子どもの頃キンキンに冷えた冬には手足の霜焼けが痛痒くで仕方なかったが、熱い風呂に入って霜焼け部分が最初えもいわれぬ感覚になるがそのうち血行がよくなって楽になる感じを、もう一度味わい直してみたいのだ。
1月29日(火)

・日本酒
・海鮮鍋
・〆うどん

魚介をたっぷり入れた鍋にした。うどんの前に、冷凍ものの蟹の足を茹でたが、ゆういちろうにほとんど食べられた。冷凍ものとあなどるなかれ、やはり蟹は本当にからだ全体で求めるものだ。甲羅のかさの大きさに比べて、身は驚くほど少ない。そういえばゆういちろうは朝食に出した炙った子持ちししゃもも頭からうまそうに口に入れていた。その様子を見た夫は「バッタをむしゃむしゃ食べるカメレオンのようだ」と言ったが、言いえて妙だと思った。
1月30日(水)

・卵雑炊
・スパークリングワイン
・フェットチーネ、トマトクリームソース
・コーンクリームスープ
・ルコラのサラダ

昨日の鍋の残りの旨みがぎっしり詰まったスープに残りご飯を入れて卵雑炊を作った。夫の帰りが微妙に遅くなるので、それまでお腹を空かせすぎないための「策」だったわけだが、結果的には本日の献立のなかで一番おいしかった。やっぱりなんだかんだ言っても魚の鍋は日本のものがおいしい。(きっとフランス人はブイヤベースが世界で一番おいしいと言うのだろう。お互いさまだ)

うっかり忘れていたが、明日締め切りの原稿がひとつあったのだった。明日人前で話すのと、明後日の投稿締め切りのことに気をとられすぎていた。うほほほ。それなのにのんびりごはんを作ってしまった。とりあえず寝て考えよう。
1月31日(木)

・居酒屋メニュー

京都大学で開かれたヴァーバル・ノンヴァーバル・コミュニケーション研究会で研究の話を聞いてもらった。リアルタイムで質問を受け付けながら、4時間かけて16枚のスライドをじっくり話した。スライドを説明するより、質疑応答している時間がよほど長かった。鋭いコメントにたじろぎながらも、こちらも言いたいことを言えたし、気持ちよかった。

新しく出会った人、ひさびさにお会いした人、細馬宏通さん木村大治さんともおよそ10年ぶりに再会し、うれしい限り。たくさん書きたいことがあるが、このへんで。明日の締め切りに備えて英気を養う(=寝る)。