植物日記


3月29日(木)  バラの力

今日お伝えしたいのは、バカの力ではない。バラの力である。

今年に入って、人や自分に花を贈ってばかりのような気がする。自分への贈り物は質素だ。たとえば、純白のマーガレットの切り花。水に挿しておくと芽や根が生えてきて、新しいつぼみから花が咲いて、2度3度と楽しんでいる。質実剛健な花である。また歓送迎会シーズンということで、うちにはここのとこ花を切らしたことがない。食卓ではむせかえるような白百合の匂いが漂っている。花粉症や風邪でやられた私の鼻ですら感じることのできる強い匂いである。にもかかわらず夫は感じないらしい。相当鼻にダメージを受けているようだ。息子はとくに文句を言わないので、そのまま食卓に百合を飾っている。

通常匂いの強い花は食卓だけでなく病室でも嫌われる。だから普通は病人に贈ってはならないとされる。マナー本を開くと、決まってこのように書いてある。匂いのほかに、赤い花など、刺激の強すぎるものもだめだとされている。だけど私は禁を犯してきた。1度は、かつて目の手術を受ける前の叔父へ真っ赤なバラを贈ったことがある。手術が成功し目が前よりも見えるようになったとき、赤い花を見てもらいたかったからだ。

2度目は、岡山の実家の祖母に対して。十分に派手なピンク色だけでなく、香りまでも強いバラを贈った。最近の話である。主治医の先生からは「本人も十分わかっているはずだから、快気祝いをいつにしましょうかという、なぐさめの言葉はもうかけないように」と言われたと、だからいつでも連絡がつけるようにしておきなさいと、2月の終わりのある夜父から連絡が入り、私は何をしていいか分からず、いいことだか悪いことだか分からないが、できるだけ強い生の刺激を祖母に感じてもらいたく、華やかなバラを贈ることにきめた。離れているからすぐかけつけるわけには行かないし、かけつけたらかえって祖母を落胆させまいかとも思ったからだ。それくらいゆっくりと進行している。

贈ったバラは、ジャルダン・パフューメという新種である。写真を見てもお分かりのように牡丹を思わせる主張の激しいバラだ。激しく生きてきた祖母に見てもらいたかった。なぜ、2月3日の、平田オリザさんがおこなう岡山県立大でのワークショップに私も参加するため岡山入りしたときの段階では、その様子が放映されるかもしれないからと一日中テレビをつけっ放しにするよう求めるほど元気だった祖母が声も出せなくなってしまうのか。

3月12日に、ようやく見舞うことができた。声を出すことはままらなかったが、目を合わせ握手することはできた。

ジャルダン・パフューメには後日談がある。付き添いのため毎晩病院で寝泊りしている祖父が、いたく気に入ったそうだ。(90歳近い老人に毎晩付き添いをさせるなんてと思う方もいらっしゃると思う。だが、父と母の名誉のために言うが、祖母が祖父以外の付き添いを望まないのだ。大変だとは思うが、私の見たところ、祖父は張りのある毎日を送っているようである。)

病室に飾った花を眺めて、「きれいじゃのう、わしゃあ、世の中でバラが一番えぇ花のように思えてきた」と褒めていたというのだ。祖父は常軌を逸するほど大変頑固者で、洋ランを見ても、あんな派手なものは品がないと文句を言うほど、植物に関しては完全に国粋主義者というか東洋趣味を押し通している頑迷な人間だ(と思っていた)。その祖父が、かなり退廃的な美を表現するそのバラを褒めるとは、想像もしなかった。実をいうと、祖母のことで頭がいっぱいで、付き添いの祖父の趣味のことをすっかり忘れていたのだが、90年近く生きてきた人間の固定概念を覆すだけの力を持つとは、花というものは空恐ろしいものである。(2007.3.29)
3月21日(水)  純白八重咲きクリスマスローズの行方

春分の日。休日。宇治にあるお気に入りの花屋まで足を伸ばし、白から深紅へと時を経るにつれ色を変えていく珍しいマーガレットを見つけ、迷わず買った。580円。素焼きの鉢に入れ、玄関先の目立つところに置いた。うっとりと眺める。費用対満足感の観点からいうと、とても優秀な買い物をしている。

ところがもうひとつ、少し値のはる買い物をこれからするであろう。しょっちゅうゆういちろうをあずけたり、さんざん世話になっている母へのプレゼントとして。我が家では、母の別名は、マリーアントワネットみちよ。バラを愛し、バラから愛される女。なぜか知らないが、母がバラの切花を生けると、そこから芽や根が生えてくるのだ。それを鉢に植え替えると、初めの年でも見事な花を咲かせる。ちなみに先週実家に立ち寄ったとき、芽が生えてきたバラの茎をもらってきた。植え替えに適した暖かい時期になるまで水に挿しておこうと、私にしては珍しくしっかり管理モードに入ったのだが、1週間もたたぬ間にカビにやられた。

1月終わりの母の誕生日には、母を喜ばせるべく、特級のバラを贈った。ところが今年はどうやらお気に召さなかったようだ。誕生日おめでとうと電話してみると、どんなに非社交的な人間でも普通は言うであろう、ありがとうのお礼の前に、「来年の誕生日はクリスマスローズの鉢植えが欲しい」といわれ、かなりショックを受けた。父の弁によると、「いま、かあさんはクリスマスローズに夢中」とのことらしい。我が母親ながら、なんて正直すぎる反応なんだろう。

でも、孝行娘の私は、やはりどこかで母の喜びにはずんだ声が聞きたいのだ。そこがマリーアントワネットみちよの別名を持つ由縁である。来年のため、後学のため、クリスマスローズのなかでどんな花が欲しいのか聞いてみた。今既に育てているのと同じ品種を贈ったら、何を言われるか分かったもんじゃないから怖いのだ。ただ詳しく聞けば聞くほど「来年まで待てない。今すぐにでも欲しい」気持ちがひしひしと伝わってきた。けれど、別段急ぎの用事でもないし。。。

ちょうどそんな折、ミクシィの友達の日記で、同じく実家のお母さんが育てているクリスマスローズのことが素敵な写真入りで触れられていた。ナイスタイミングだったので、私は次のようなコメントを残した。

   すてき!!
   こんな大株に育て上げるのは大変でした
   でしょう? バラといっしょに生けても
   すごく雰囲気でますよね。

   実家の母もクリスマスローズに今夢中で、
   園芸おばさん(含む:自分)のあいだで
   大人気なのでしょうか。品種改良も進んで
   いるようですね。インターネットで真っ白
   の八重があったら、手に入れろという指令
   が飛んできて困っています。

   そうそう、この前押熊のビックス(*1)に行ったら、
   それほど大きくない株でも15000円の値
   がついていてびっくりしました。

   「一見地味なくせに金のかかる女」のようで
   手に負えませんね。そういうのに、めろめろ
   になる男の気持ちが分からないでもない。

  (*1)ビックスとは私の住んでいる平城ニュータウン住民御用達の
   郊外特有の大型ホームセンターのことである。

このコメントに対し、友達(マイミクという言葉をまだ私は素直に使えないのだ)は、わざわざインターネットで調べて、通販サイトを探し当ててくれた(ここ)。渡りに船とは、こういうことを言うのだろう。女のコミュニケーション能力はすこぶる高い。さっそく次のような返事を出した。

   さっそく通販サイトをおしえていただき
   ありがとうございます!!

   純白の八重って、実在したんですね。
   それにしても8000円はお高い。。。

   姑からの指令であったら即行動に移して、
   いろいろと探していたとは思うのですが、
   実家の母なもので、ついつい探すのを
   後回しにしていました。優先順位最下位
   ぐらい、後回しにしていました。

   本当に助かりました。謝謝です。

やはり見つけてしまった以上、知らせねばならない。私は嘘がつけないのだ。ゆえに今晩電話で、「純白八重咲きのクリスマスローズがいくつかあったよ。欲しい?」と母に知らせると、一気に声色がはずみ、「欲しい」と即答。で、いろいろとまた細かく注文が出た。純白八重だったらなんでもいいわけではないのだ。どのような注文が母から出されたかは、通販業者さんに出した以下のメール内容を見て、推測していただきたい。

    四国ガーデン様

    はじめてメールを差し上げます、辻田美紀(*2)と申します。 
    純白八重咲きのクリスマスローズを探しています。
    本サイトでもいくつか紹介されていましたが、 
    そのなかでも強健で、素人でも育てやすい品種が 
    ございましたら、おしえていただけないでしょうか。 

    おしえていただいた品種のなかから購入したいと思います。

    できますれば、純白のままでいる品種であれば 
    うれしいです(*3)。もし、そういう品種が存在しなければ、
    純白八重咲きからピンクに変わるものを希望します。 
    
    恐れ入りますが、いろいろとご教示くださいませ。 
    どうぞよろしくお願いいたします。 

   (*2)辻田美紀とは私の戸籍名で、仕事以外ではこの名前を名乗っている。
   (*3)クリスマスローズはくすんだ白からくすんだ緑色、紫色に変わるものが多い。

母はいわゆるブランド物とかには全く興味がないが、自分の興味あるものには貪欲でわがままなのである。私はそういう女の人は好きなので、もし男に生まれていたら、確実に貢ぐことに喜びを見出す貢ぎ系になっていたと思う。

でも、庶民レベルでここまで欲しいものが分化し、なおかつ欲しいものが手に入りやすい環境にあるのって、うれしい反面ちょっと怖い気もする。誰かが儲かっているということは、誰かが損をしていることだと思うから。物を買うときの高揚感と微妙な罪悪感。恩恵にあずかっている私がそんなこと言っても何の説得力もないが。。。でも、せめて動物だけは買わないようにしよう。あっという間に過ぎ去った休日だった。(2007.3.21)

■追記その1
四国ガーデンさんから返事が届きました。クリスマスローズは「花弁に見える部分がガクであるため、花が終わると緑っぽくなります。白のまま花が終わるものは理屈的にありえません。」、「当園のクリスマスローズはイギリスのグラハム・ビルキン氏が交配した実生系統で、同一個体を株分けした「品種」ではありません。全ての株が実生由来の別株で、同じ個体はありません。」と、上記質問メールのなかに2箇所の間違いがあることを指摘してくださったうえで、お勧めの株をおしえてくれました。

なんだか私とんちんかんなことを聞いていたみたいです。これでまたふたつ賢くなれました。それにしてもやっぱり母の望みはアントワネット系列のものだったのだ。理屈ではありえないことを望むんだもん。植物業界も人々の無理難題系の望みに応えていかないといけないんだから、大変だな。(2007.3.22)

■追記その2
母から純白八重咲きのクリスマスローズが届いたという電話があった。「もううれしい。やっぱり八重はきれいだわ〜」「いや、ほんっとにありがとう」と1月の誕生日のバラのときとはうってかわって、とってもはずんだ声だった。雨の日にもかかわらず、何度もいろいろな角度から花を眺めに外に出たという。気に入ってもらえて私もうれしいよ。

ところで四国ガーデンさんは代引きが基本の取引形態をしている。今回プレゼントということで、無理をいって郵便振込みにしてもらった。週末に入り、まだ支払いが済んでいない。つまり今回は、商品だけ先に発送されたことになる。こちらからは急いでくれとお願いしていないのにもかかわらず、である。おかげさまで母が喜ぶ日を早く迎えることが出来ました。どうもありがとうございました。花屋さんの多くは、植物好きの人には悪い人はいないという精神で商いをされているのかな。掛売りのところが多いぞ。(2007.3.24)
2月12日(月)  園芸おばさんたち

3連休の最終日。宇治市の植物公園に行った。セージやバラの剪定の仕方を盗む。そういうのは本で学ぶより、実地(同じ関西地区の)で本物を自分の目で確かめながら学んだほうがよい。せっかく地上に梅の花がきれいに咲いているのに、遠くから見たら地面を写しているようにしか見えない、何を写しているのか分からないところを写真に撮っていたおばさんがいたが、私と同じ匂いを感じる。お互い園芸おばさんなのだ。

さっそくうちに帰ってから、びしばしと剪定した。気持ちよい。(2007.2.12)
2月7日(水)その1  ひょうたんから文字

何を隠そう私は、いとうせいこう氏編集の倫理的にも絶対に存続せねばならないまったく稀有で洒落た存在感を放つ植物主義的雑誌であるところの『PLANTED』の記念すべき創刊号が企画した「秘密のプレゼント」に当選したの世界でたったひとりの人間である。企画そのものは、雑誌のアンケートに答えると抽選でプレゼントがもらえるというよくあるもので、植物に関係するプレゼントが何種類もそろえられていた。そのなかで「秘密のプレゼント(当選者1名)」は、「いとうせいこうファンならきっと狂喜するプレゼント、それが何かは今はまだ言えない」という内容の、全く人をじれったくわくわくさせる宣伝文句がついていたのだ。すぐさまwebから応募した。私はテレビや雑誌でやる抽選はどうせやらせものだろうと思って、応募したことはなかったのだが、ほんとうに欲しいものがあると、こうも人が変わってしまうのだな。

さて、その創刊号のことだが、予告された発売日前から興奮していた私は、これはアマゾンで買うよりも、近くの本屋さんで実際に手に取って買いたいという欲望にかられ、発売日の数日前から、これこれしかじかの素晴らしい雑誌が出るのだけど、出たらすぐにここに連絡してくれ、とにかくすばらしいものだから早く手に入れたいのだと、連絡がない日も本屋に出向きまだ出ないかまだ出ないかとほぼ毎日せっついていた。ひとつ失敗したのは、お店の人に当初『PLANET』と伝えてしまったことで、そんな雑誌は出る予定がありません、いや絶対出るはずだ、もっとちゃんと調べてよと押し問答を繰り返し、少々困った客として認知されたことだ。しかしそのかいあって、小さい本屋でも2号も3号も棚積みしてくれている。とてもいい本屋である。

「秘密のプレゼント」はほんとうに欲しかったが、まさか自分が当選するとは思わなかったので、当選のお知らせが編集部からあったときは、もしや悪戯メールではないかとまずは疑い、そしてそれがどうやら「本気」であることを確信してからは、もしこれで私の運がすべてつきたらどうしようという畏れと、いとうせいこう氏の熱狂的ファンから背後から狙われるかもしれないという不安にも襲われた。まあそれは大げさな表現だとして、一番心配したのは、当時長期出張中だったため、自宅に送られてきたとき、夫が不審物として処理してしまわないかということだった。「何が送られてくるかわからないが、毎日新聞社から何か私宛に送ってくると思うから、不審に思わず絶対に捨てないでね」と電話で念をおしておいた。

しばらくした後、長期出張から一時帰宅して、受け取ったのが、大きさからいって中身は小型爆弾かと思われる、比較的小さいけど、その大きさの割りにはやけに軽い包みだった。おそるおそる包みをあけると、出てきたのは高さ10センチ足らずのちびっちゃいひょうたんだった。ひかえめにパステルカラーで編集長の直筆サインが入っている。やはり、ここは正直にそのときの気持ちを告白しておこう。正直いって、がっくりきた。だってしょぼいんだもん。私は大きくて豪華なものが好きなんだもん。それにそこはかとなく臭いんだもん。ひょうたん上部の切り口に鼻を近づけると牛小屋のようなにおいがプンとするのだった。

ところがである。息子が「な〜にそれ?」と近づいてきて、私からひょうたんを奪った。そのとき、カラカラと乾いた音がするのを発見して、きゃっきゃっと大喜びして、何度も振って遊び始めた。はっとわれに返った。これは、師・いとうせいこうの教えではないかと。つまり、舌きりスズメのおしえである。このひょうたんに喜びを見出せないでおまえはどうするのだと。

次に奇跡がおこった。息子がひょうたんに字が書かれてあるのに気付き、それを読み始めたのだ。「い!! た!! ろ!! せ!! い!! こ!! ろ!!」と。慌ててその辺にあった紙に言ったとおり書き付けた。

それに気をよくした息子は何度も、「い・た・ろ・せ・い・こ・ろ」、ときには「い・た・ぼ・せ・い・こ・ろ」と字を解読しては大声で発音し、得意げに満面の笑みを浮かべて、私にそのままをペンで書き写すことを要求するのであった。ペンネームが単純な形のひらがなの人でよかった。手書きゆえ、「いとう」の「う」が「ろ」に読めることは愛嬌の問題だ。「と」が「た」になってしまうのはいまだ謎だけど。。

数日その遊びが続いた後、とうとう自分でもひょうたんのサインをお手本にして文字を書き始めた。もちろんミミズのはったようなかろうじて文字になるかならないかの形なのだが、少なくとも「い」は確実に文字になっていた。息子が大きくなったら「おまえの初めて書こうとした文字は、"いとうせいこう"なんだよ」と誇りを持って伝えよう。いただいたひょうたんは、わが家族の歴史にしっかりと刻まれることになった。ひょうたんそれ自体や、一核家族の歴史など、いずれも小なりとはいえ、しかし人が文字を書くというかけがえのない出来事だ。

ついでにいえば、息子の初めて発した英語は James Brown である。我が家のトイレにはJBのポスターを2枚貼ってある。JBの愛くるしい笑顔に励まされながら毎日快適に用を足しているのだが、息子の後追いの激しい時期はさすがに困った。いっしょにトイレに入りながら、息子の気を私の行為そのものではなく周りのものに向けさせるため、とにかくJB連呼のMC役になり、ポスターを見るよう促していた。そのかいあっての産物である。これもまた、誇りを持って伝えよう。(2007.2.7)
2月7日(水)その2  「冬の花」を受けて

『PAPER SKY』 No.20 に寄稿されたいとうせいこうさんの短いテクスト「冬の花」を読んだ。自分はずいぶんと若いと思っていたが、ある程度の年をとったせいか、生と死の問題を否が応でも考えることが多くなった。その時期と重なったので、とても助かった。ことばの力を信じてもいいんだと。そういう力を持つもののが名文だと思う。誤解されても良いからそう言いたい。

冬の花に思い入れが強いばかりか、私以上にやたら文句も多いいとうせいこうさんは次のように言う。

 (前略)他に咲くものが少ないせいで手に
 かける時間が長くなり、それだけ望むことも
 増えてくるらしいのである。

  これが春や秋なら違う。あちらこちらで勝
 手に花が咲くので、ある意味細かく目をかけ
 ている必要がない。ぼんやり見ていれば言が
 足りてしまい、出来ればこうあって欲しいと
 いう願いもさして出てこないわけだ。

  冬に咲く花が少ないのは、もちろん温度が
 低いからだが、こういう厳しい季節をたいてい
 の植物は死んだふりをしてやり過ごす。本
 当の死を防ぐために、仮死を選ぶと言っても
 いい。あえて死に近づくことで、死をかわす。
 考えてみれば、不思議な行動である。

  死に対抗するために生をより激しく燃やす
 というのではない。燃やすには冬の条件はあ
 まりに厳しく、ゆえに彼らは死に同化する。
 すると、冬は彼らを許す。本当の死を与えず
 に、いわばお目こぼしをする。冬はそれほど
 圧倒的な力を持つ季節なのだ。


私たちは厳然として季節の営みとともに生きているのだ。テクスト「冬の花」はこのことをあらためて確認させてくれる。それでようやく思い出したが、かつて私にも、その感覚は、不在であることで強く意識にのぼったことであった。

私は昨年の4月から5月、8月から9月、11月から12月のそれぞれ3回に分けて、劇団青年団の稽古場をフィールドワークする仕事に従事しており、長期にわたって断続的に家を空けていた。

5月に奈良の家に戻ってきたときは、すでにチューリップの花はすべて散り花茎だけになっており、せっかく冬のあいだ手をかじかませながら仕込んだのにと、自分の目で一番きれいなときを見ることができなかったことを残念に思ったことは確かである。しかし、それ以上に庭の植物たちは大きな驚きの喜びを私に与えてくれた。予想もしなかった他の花たちがが、一斉に咲いていてお花畑になっていたのだ。花壇づくり3年目にして、ようやく花を咲かせられるまで成長したものたちがいたのだ。

つい先日に思われる、昨年の12月に戻ってきたときは、花壇のあまりの変化のなさに安心し、ああ、やっと家に戻ってきたのだなあとしみじみとした感慨にふけったのを覚えている。いとうせいこうさんの言葉を借りれば、花壇が仮死状態であったので、不在であった私にも、そのゆったりとした流れに無理なく追いついていくことができたのだと思う。

私にもっとも不穏な感覚を起こさせたのは、実は9月に帰ってきたときだった。夏の間全くほったらかしにしていた花壇を前にして、私は、もしかして自分が死ぬということはこういうことを言うのではないかと呆然としてしまった記憶がある。夢の跡だった。出発前の私の知っている花壇であることは理解できても、明らかに別物なのだ。私の知らないところで、何かが花壇を支配して、私の植物たちを別の植物(雑草)たちが侵食したり、されたりしていたのを目撃した。もし死ぬということが、かつて自分のものだと思っていたものがそうではなく、自分では何も直接手をくだすことができないで、はらはらしながら見ているしかない状態のことを言うのだとしたら、絶対にまだ私は死にたくない。

テクスト「冬の花」の意図を反転させて解釈すれば、「夏に不在であることはかえって死を意識させることだ」と言うことができるだろう。つまり、私が何を一番いいたいのかといえば、いつも植物のそばにいたいということだ。植物から離れることなく、一体になれないのは分かっているからこそ、その生のリズムに合わせて一緒に、浮かれたり、爆発したり、沈んだり、死んだふりしたいのだ。なんと朗らかな事態であろう。(2007.2.7)
1月14日(日) スパッと切る

百日紅の強剪定をした。前日、ふと思い立ち、切れ味鋭い剪定バサミを買いに行っておいて、ちょうどよかった。前夜寝る前に、激しくみっともないやつの話を又聞きで聞いてしまい、自分には直接関係ないのに怒りを増幅させてしまうという病気三歩手前の状態になったので、それを断ち切りたかったのだ。

寒空の下、直径1センチほどの枝を力をこめてスパッと切る。なんと気持ちいいんだろう。無の心で切るのがきっと求められているのだろうが、今回の場合、無心ではありえず、ここには書けない怖いことを想像しながら歯を食いしばって何度も右手に力をこめた。

何本目かにして不自然に力が入ったのであろう、手首の筋に電撃が走り、我に返った。怖いことを考えている自分が怖くなり、その後は、百日紅さんごめんなさいね、今年の夏もきれいな花を咲かせてねと言いながら切るようにした。

植物はふところが広くていつも感謝している。切られても、痛いと文句を言わず、いつのまにか切られたところにごつごつとしたこぶを作って対処する。みんな、ストレスがたまったら動物じゃなく植物を切ればいいのに。動物にそれをやったらかわいそうだよ。

それにそれに、庭の植物は地上の部分では私たちの言いなりになっているように見せかけておいても、根っこの部分では自由奔放に野放図にやりたい放題やっている。あっぱれ清清しく頼もしい。先週末の我が家のトイレ詰まり事件も、直接の原因はトイレットペーパーの流しすぎにあったんだけど、どこからともなく木の根が水を求めてコンクリートの配水管を破って入りこんで来ていて、そもそも詰まりやすい状態になっているのが背景にあったそうなのだ。

ふと見上げると、我が借家の屋根には草が一株生えている。屋根を緑化する趣味や主義主張は持っていない。勝手に生えてきたのだ。以前、屋根瓦に壊れている部分があるから早急に修理したほうがいいですよと玄関のチャイムを鳴らして言ってきた人(作業服姿)がいた。流行の悪徳業者だとばかり思って、早々に引取ってもらったが、もしかして本当に壊れているのかもしれない。(2007.1.14)
10月21日(土) いつのまにか膨張主義

ひさびさに庭の花の写真を夫に撮ってもらいここにアップした。秋の花はおだやかで澄んだ色合いのものが多くて、好きだ。3年目にしてようやく自分好みの庭の世界が非常に茫漠とだが分かりかけてきた。

でも、目の前にある花を見ながらうっとりするだけではない。植物好きは気が早くせわしないのだ。すでに来春の華やかな世界を思い浮かべながら、チューリップを中心とした鉢ものを6鉢仕込んだ。冬をさびしいものにしないために、冬でも花咲くビオラやバコバなども添えて愛らしい鉢になるよう留意した。花壇の植物が繁茂して、去年より植えられる場所が少ないのに、ついうっかりして去年以上に大量に球根を買い込んでしまったから、鉢ものを増やすことにしたのだ。

花壇への植え付けは、天気がよければ明日、悪ければ来週末おこなう。こちらは慎重にしなければならない。植えっぱなしの球根が何種類かあることは確かなのだが、正確な位置を忘れてしまっているからだ。びくびくしながら土にスコップを入れることになるだろう。(2006.10.21)
10月7日(土) ワイルドガーデン

花壇の草取りをした。先週は家の周りの草取りだけで暮れてしまったので、満を持して、草取り第二弾をおこなった。

夏のあいだ仕事で不在がちで、花壇の世話を全くしなかったせいで、草むらと化していた。狭い花壇のくせに、70Lのポリ袋一杯分の草が出てきた。しかしそれだけ草を取り除いても、どこか草むらの風情が漂っている。か弱いものはとろとろになくなってしまっており、草に負けじと繁茂できる強い植物、限りなく雑草に近い植物だけが生き残ったから。図らずも好もしい雰囲気になった。ワイルドガーデンと名づけて悦に入っている。(2006.10.7)
6月24日(土) 雨となめくじ

自他ともに、ウィークデーの朝は、迷惑行為をさせたら天下一品だと認めるほど、苦手だ。起きてこない、機嫌が悪い、ぐずぐずするなど。ところが休みの日になると早起きしてしまう。無理矢理そうしているのではなく、なぜかばっちり目が覚めてしまうのだ。今日なんか、5時には目が覚めた。まずは庭の見回りをして、なめくじを捕殺。朝の庭は、夏休みのラジオ体操に行くときの匂いがする。

恵みの雨は植物だけに降り注ぐのではない。ひまわりの芽は、大発生したなめくじにほとんど食われてしまい、生き残ったのはたった2つしかない。あんなにかわいいひまわりの芽が、あいつらのせいで無残にも首なし状態になってしまっていることを知ったときには、虚しく逆上して、割り箸でつまんでは、石ですりつぶして殺していった。でもいくらとっても翌日どこからともなく沸いてきては、新芽を食い散らかすのだ。見回りの頻度と植物の成長速度が上がったことで、かろうじて全滅をまぬがれた。

「なめちゃんはそれが仕事なんだからしょうがないよ」と夫は鷹揚なことを言う。余計に逆上して、ますます根詰めて憎しみをこめてやつらを石ですりつぶしていったら、その日の夕方には激しい悪寒がして寝込んでしまった。先々週末のことである。不気味だったので、それ以来ハードに石でつぶすことはやめ、水路に落としてソフトに窒息死させることにした。そりゃ農家は殺虫剤撒くよ。死活問題だから。

なめくじ以外にも、雨は雑草を元気にさせ、蚊の孵化も助ける。どんなに注意しても4,5箇所は刺される。げんに今朝も。虫よけスプレーの匂いはあまり好きじゃないが、そうも言ってられない季節がやってきた。

追記:去年の今頃は、ひまわりの種をすずめがついばんでいるのを目撃したが、もしかしてすずめは、種以外にも、ひまわりの芽を食べるなめくじも狙っていたんじゃないかと思い始めている。雛のごちそうになりそうだもん。

(以上は、朝したためたもの。)

追記の追記:
美しい庭の敵は、なめくじや蚊やすずめだけではなかった。子どももそうだ。灯台下暗し。午後から本格的に週末の楽しみである庭いじりに精を出していた頃、どんなことにも首をつっこんでお手伝いしたいさかりの息子がにこにこしながら「これ摘んだよ」と小さな葉っぱを持ってきた。見ると、ひまわりの出てまもない双葉が摘み取られていた。

「なんてことしてくれたの」としかりつけると、口を思い切りとがらせ「トトロのまね!」だと抗議の声をあげた。そんなシーンあったっけとも思ったが、息子のなかでは自分はとってもいいことをしていて(たぶん普段の私のまねして、摘心作業をしたつもりになってる)、褒められこそすれなんで怒られないといけないのさという気持ちなのだ。

敵がなめくじや蚊だったら殺せばいいが、子どもの場合は育てないといけない。ぶちたいのを我慢して、ミントやセージ等を指しながら、「こっちの葉っぱは摘んでもいい。でも、これはひまわり。ひまわりは絶対に摘んだらだめ」と脅迫まじりに力説をした。息子はどういう思考回路をしているのか、真剣な真顔で「○○ひまわりちゃんが泣くから?」と保育園の同級生の名前を挙げ、こちらに承諾を求めてきた。ひまわりちゃん本人とお母さんの顔が一瞬浮かんだが、これ以上話をややこしくするのが面倒だったので、「うん」といってその場を治めた。

息子の頭のなかでいろんな事象の関連付けがなされているんだろう。予想外の展開にこちらは後手後手の対応しかできない。万事一生懸命な息子にとっては必然なのかもしれないが、私は、摘み取られたひまわりの苗にも驚き、トトロとの関連性に悩み、ひまわりちゃんの登場にも驚いた。ひるみまくりである。(2006.6.24)
6月18日(日) カレーの匂いに染まる

急にぶわーと育ってしまい、隣どおしぶつかりあってた植物たちを何とかすべく、あいだにあるカレープラントというカレーの匂いのするハーブを鉢上げした。案の定、変な形に成長していた。横に向かって飛び出た枝はすべて切り落とし、とりあえず土に挿してみた。指の先が風呂上がりの今でもほんのりカレーくさい。

風通しがずいぶんよくなったと思うので、今年は虫にやられず健やかにますます木質化大株化していくんじゃないかな。(2006.6.18)
6月8日(木) ひまわりの芽が出る

ここのとこ暑い日が続いた。ひまわりが心配だ。期待なんてしないと豪語したがやっぱり期待してしまい、毎日夕方土に向かって水遣りしていた。そのかいあってかなかってか、今朝ひまわりの芽が2,3箇所ぴょこっと飛び出していた。やったやったやった! 帰宅後見に行ったら、ぴょこぴょこぴょこ10は下らないほどさらに発芽していた。折りしも本日梅雨入り。恵みの雨が降ってくれる。これで土が乾ききることもない。今年こそのびのびとすくすく育ってほしい。(2006.6.8)
6月3日(土) ひまわりの種を播く

息子のプール熱がようやく小康状態に入ったときを見計らって、今年もひまわりの種を播いた。去年の二の舞にならぬよう、期待なんて一切しない覚悟で臨む。なるようになれ!(2006.6.3)
1月7日(日) ぷっくら、クロッカスの芽

寒くなればなるほど庭の見廻りを強化する癖のある私は、今日も3回ほど庭をうろついたが、その2回目のとき、新しく3番目のクロッカスの芽が出ていることを発見した。白い薄皮に包まれた中身は、緑の指をきゅっと5つ重ねたような姿をしていて、全体的にぷっくらとしている。新しい芽を発見したときはいつでも、心がふくよかななんともいえないこそばゆい気分になる。これでますます激しい見廻り熱にとりつかれることとなろう。

まだ息子が新生児のころ、ベビーベッドに寝かせているとき。夜中ふと目が覚めて、しばらく耳をこらしてもしんと静かなとき。もしかしたら赤ん坊は息をしていないのかもしれないと不安発作に襲われベッドを覗き込むと、すーすーとした寝息とともにからだを膨らませている姿を確認し、ほっと安心して再び自分も眠りにつくことがよくあった。

それと同じような感覚が冬の庭の見廻りにはある。小球根の芽が気になって仕方がないのだ。あまりにひかえめな姿をしているので、たまに見落とし、「どこにいったの、私の小さな芽」と大慌てになる。きっと冬ぐらいだ。人間がこんなに植物を擬人化していたわる気持ちになるのは。夏は奴らはやりたい放題のさばるからな。

いま私の庭には、パンジー、桜草、ガーデンシクラメンなど冬でも花を咲かせる苗がいろとりどり植わっている。寒々しい花壇をどうにかしようと、最近気まぐれに買い足し、カラーコーディネートなしに植えていったので、ちぐはぐとした印象である。明らかに私のセンスのなさに由来する問題であって、この植物たちは何も悪くないのだが、確実に私の愛情の大半は、新入りの花ではなく、おととし植えつけたクロッカス、ムスカリ、白百合など古参の球根類の芽に向かっている。人間世界で子どもにこのようなおおっぴらなえこひいきをすれば、将来暴動が起きてしまうにちがいない。植物は動物より度量(生命の幅)が広いので、暴君になりたがる人間の代償行為の相手に何も知らないふりしてなってくれている。(2006.1.7)
12月18日(日) 強剪定って気持ちいい

極寒。最低気温はマイナス3度くらい。2週間前にチューリップの植え付けが寒かったと書いているが、もしタイプスリップできるなら、「それくらいで寒いと言うな、ボケ、軟弱者めが」と自分に渇をいれたいくらいである。

苦行とか鍛錬とかいう言葉を思い浮かべながら、喜び勇んで午前中ハサミを手にして庭に出た。寒さで葉色が弱った草木の強剪定をするためである。鼻息は白かった。手も一瞬にしてかじかんだ。

「強」という字がついていることから分かるように、強剪定とは、春になったら一斉に芽吹かせるためにいったん強く深く刈り込んで草木をびっくりさせる園芸方法である。冬を乗り切るためにもコンパクトにまとめてやったほうが植物のためにもなる。

現地でははびこりすぎて手に負えない雑草として認知されているらしい「イリオモテ朝顔(宿根性)」や、体積的には前年度の3倍は増えた「アメジストセージ」や、葉がすべて枯れて白い幹をあらわにした「コンロンカ」などなどを、ズバッとスパッと刈り込んでいく。うー、気持ちいい!! 願わくば、もっと切れ味鋭いハサミが欲しい。それがあればもっと脳内快感物質が出てくるはず。クリスマスプレゼントに、プロ仕様の花切りバサミをおねだりしたい気分山盛りだ。

実をいうと、これまで間引きとか剪定作業が苦手だった。虫に喰われてもどうぢよう、どうぢようとうじうじして結局何もしないでやり過ごしてきて、結局枯らしてしまったこともある。強剪定の魔力に取り付かれたのは、今年の夏の終わりだった。実家の母が私の育てたハーブたちが虫にやられてしまっているのを見て、「これは思い切り、切らないとだめだ」とかわいそうなくらい刈り込んで、「もう、おかあしゃん、何てことをしてくれるのさ」とおろおろして抗議の声を上げた日があるのだが、しばらくすると植物が急に生き生きと息を吹き返したのを目撃してしまったのだ。

びしばしと切りまっせ。剪定作業が苦手な方、ご一報を。喜んではせ参じまするぞ。 (2005.12.18)
12月10日(土) (続)チューリップ熱再燃

風邪をひいた。とはいえ治りが予期できる明るい風邪なので、小春日和の午前中、時期的にどうしても植えてしまいたかったチューリップの球根(去年掘り返したやつ)を植えつけた。どの球根か、何色が分からず、いろいろと混ぜて植えたので春が愉しみだ。 (2005.12.10)
12月3日(土) チューリップ熱再燃

りんごの木の周りに、真っ赤なチューリップや真っ白なチューリップやらを40球ほど植えつけた。ただ、見渡す限り土ばかりで全く何もないのは(←熱にうかされた人間は狭い花壇でもそう見えるのだ)、さびしいものである。冬のあいだ目をなぐさめてくれるものとして、赤、白、薄桃色のガーデンシクラメンをチューリップ群島のあいだに適当に配置した。

なんだよ、それってただのガーデンニングじゃんと思われるかもしれないが、少しばかりニュアンスが違う。息子の昼寝を見計らって決行したため、始めたのが4時過ぎ、終わったのが6時過ぎ。最後のほうは、防犯灯の明かりを頼りに、かじかむ手で土を掘ったりかけたりしていた。暗闇のなかで女が一心不乱に何かを土に埋めている。鬼気迫るものがあったのではないだろうか。

とにかく寒かった。ガーデンニング暦2年生の1学期にあるにも関わらず、ターシャ・チューダーのまねをして、遠くの空を見ながら「今年は霜が遅いわね。植え付けの時期を遅らせましょう。」などと最近悦に入っていたが、比較的暖かい日が続いたときの昼間にやってしまっておけばよかった。からだが芯まで冷えている。これが原因で文字通り発熱したら、それこそ間抜けだから用心しよう。 (2005.12.3)
11月6日(日) 夏花壇の失敗と実のなる木への思慕と

結論から先に言うと、今年の夏花壇は見事に失敗に終わった。当初の計画では、朝顔とひまわりを中心に少々ノスタルジックに夏を楽しむはずだったのだが、途中で朝顔が暴走を始め、ひまわりの茎に巻きついてはなぎ倒していったのだった。ひまわりを守ろうとすれば懸命に咲き誇る朝顔を犠牲にせねばならず、かといって朝顔の花を愛でようとどんなに努力しても、その下には虐げられたひまわりの恨めしそうな姿が目にまとわりついてくるのである。さらに追い討ちをかけるかのように、無事に成長したひまわりはすべて、後ろ向かいのお宅のほうにばかり顔を向けて開花するようになったのだ。

花壇の女主人を自負する私にとって、今年の夏はまったくもっておもしろくない季節だった。葛藤するために早起きをするようなものなので、わざと起床時間を遅らせたぐらいである。でも、一番こたえたのは、ぐったり萎んでいる朝顔の花となぎ倒されたひまわりの姿を目撃することになる夕方であった。洗濯物を干したり、取り入れたりするのが苦行であった。

ところがひまわりや朝顔が季節的に消えてくれ、最近庭への興味がようやく復調した。復調というのはひかえめだな。絶好調といっていいくらいである。それは、実のなる木に興味を覚えるようになったからだ。ものの本が教えてくれるに、フルーツガーデンというしゃれた英語名もあるそうである。

手始めに、りんごの木を庭に植え、赤い実のついたチェッカーベリーの鉢植えも玄関に置いてみた。もう私の頭のなかは、新緑のりんごの木の下に色とりどりのチューリップが咲き乱れる桃源郷がイメージされている。おまえの脳みそ薔薇色と揶揄する人間が出てこようが、一向に平気である。これで今年の冬は乗り切れると確信している。もう、植物のない生活は考えられない。 (2005.11.6)
11月3日(木) りんごの木を植えた

2005年11月3日文化の日、私はりんごの木、津軽を植えた。
津軽は、日本の果物のなかで最も寒さに強い品種だという。 (2005.11.3)
10月22日(土) ガーデニング日和(びより)

私はこれまで用意周到に「ガーデニング」ということばを用いるのを避けてきた。とくにイングリッシュガーデンに憧れを持つような、日本の、自らの階級をわきまえない勘違いに気取った輩とは、お付き合いを始める前から絶交状を突きつけたい気持ちでいっぱいだったのである。誰からも頼まれていないのに、勝手に自らをいとうせいこうの弟子だ規定している以上、当然の心情であるといえよう。トロ箱にたくましい花を咲かせ、公道を不法占拠するおばあさんたちと、気持ちの上では連帯しているのである。

しかし、ここ1年庭を手入れするようになって、そのかたくなまでの自己規定が揺らぎつつあるのだ。正直に告白しよう。今日、数ヶ月ぶりにひさびさに出かけたホームセンターで仕入れた植物は、イングリッシュガーデン由来、もしくはイギリスで流行している植物が含まれている。

それは、紅チガヤと葉牡丹。

郊外に邸宅を持つイギリス人には、日本産の植物をジャパニーズコーナーとして自らの庭に取り入れる風習がある。フウチソウやツワブキが最近日本の園芸業界でもてはやされているが、それはイギリスで品種改良されたものが逆輸入されているケースが多い。日本人にとってやっかいな雑草としか認知されていなかったカヤも同様に、イギリス人の目からすると葉の形や色が「美しく」映るらしい。今日買った紅チガヤも、そのような知識がなかったら絶対に見向きもしなかったであろう枯れかけの貧相な姿をしていたが、それがむしろ風流に感じてしまったのだ。

葉牡丹など、園芸雑誌に、「最近ロンドンの花屋でもっともしゃれているとされる花はなーんだ?」「じゃーん、それは葉牡丹です」といった内容の記事と、きれいにラッピングされて都会のお嬢さん風情に変身した葉牡丹を大事そうにかかえる幸せそうな白人カップルの写真が掲載されていたのである。ああ、そんなどうでもいい知識を得たばっかりに、それまで二世代上の人間の、どちらかといえばださい植物だと思っていた葉牡丹の苗をなんと2つも購入してしまった。

おもしろいことに、それとは全く逆の現象も起こったので、謹んでここに報告しよう。

園芸業界は、売るためにさまざまな登録商標をひねり出す。今日買った「冬知らず」と名づけられた植物もそのひとつだ。おそらく弱小零細業者ががんばって品種改良したものなのだろう。プラスチックの札もついてなく、ただダンボール紙に手書きで、「『冬知らず』、真冬でもどんどん花を咲かせます」とだけ書かれてあった。なんとなく哀れに思い、買い物カゴに入れることにした。もしかしたら、それが相手の作戦のひとつだったのかもしれない。そう深読みしてしまうほど、自然な購買行動であった。

さて、「全く逆の現象も起こった」という登録商標の件だが、team飛騨という業者が、冬でも鮮やかな黄色の花を咲かせるウィンターコスモスに対して、「笑顔」と「微笑」と名づけられた微妙にトーンの異なる新種2つを売り出していたことから、話が始まる。ちなみに「微笑」のほうは、微笑と書いて「ほほえみ」と読ませる工夫までしている。

花それ自体はきれいだったので、欲しくなった。しかし、変なカタカナ名のネーミングが多い日本の園芸業界のなかで、ストレートに「笑顔」とか「微笑」と名付けられると、かえって買い物カゴに入れるのは恥ずかしかった。なんとなく照れくさくなってしまった。「スマイル」だったらむしろ平気だったのに。これは、Love & Peace のロゴ入りTシャツをこれみよがしに着ることはできても、愛とか平和とかということばを臆面もなく真顔で口にする人間に対して、どこかひいてしまう自分がいるのと同じである。

美的判断とか知的判断という、私個人の主観によって決定されると思っていたものが、いかに無反省に他人の評価基準からの借り物で成り立っているのか。認めたくないけど、認めざるをえないと思えた、ガーデニング日和(びより)の休日であった。 (2005.10.22)
9月23日(金) ターシャ・チューダーに捧ぐ

秋分の日。休日。
今朝、いつものようにNHKの朝の連ドラ「ファイト」を見て目をうるませた後、ちょっとした用事でテレビをつけっ放しにしたまま席を外し戻ってくると、ちょうど短いニュースが終わったところだった。

何気なく次の番組何かなあと待っていると、なんと、ターシャ・チューダーの特集だった。ターシャ・チューダーとは、著名な絵本作家でありガーデナーであり、そして何よりもアメリカの良心である。ベランダーとガーデナー間のイデオロギーの違いを安々と乗り越え、植物を愛する世界中の人間から敬愛されているグレートマザーである。御年90歳。テレビ消さなくてよかった。ずぼら万歳。

それにしてもうっとりするほど素晴らしい庭だった。早春から始まり、夏、秋、冬、そして翌年の早春まで、きらきらとした映像を約1時間たっぷり見ることができた。近くに住んでいる子どもや孫、孫のお嫁さんの手伝いぶりも映像に納められていた。

ターシャ自身の声、予想していたとおりの落ち着いた低い声も聞けて、ありがたいお経を聞いている境地にもなった。あー、ありがたい、ありがたい。

そのつつましやかな豊かな暮らしぶりは、彼女の本のなかで十分見聞き、堪能できるよう語られているので、ここではそれにはあえて触れない。そうではなく、テレビを見て「へえー」と思ったことのみを書き残しておく。

ターシャ・チューダーの母親と電話を発明したベルの妻とは親友だったそうだ。ターシャは母親から、ベルの上着のポケットにはルピナスの種が入っていて、アメリカ国内を今でいう「出張」するとき、いつもその種を蒔きながら周っていたという話を聞いて育ったそうである。

ガーデナーになるきっかけを作ってくれたのもベル一家だった。ベルの庭に咲いている、黄色の余りに美しい東洋風のバラを見てうっとりし、将来絶対ガーデナーになるんだと決意したのだそうだ。御年3歳のときである。

ターシャはエジソンにも毎朝感謝を捧げながら暮らしている。電動ポンプのおかげで、泉に水を汲みにいかなくても済むから。

一見科学を否定しているかのように見えるガーデナーだが、実は深いところでつながっているんだなあと感心した。

そしてターシャの祖母の代からの球根草の話。それを聞いて私は自分の祖母のことを思い出してしまった。個人的な話で恐縮だが、それも書いておく。

私の祖母は、私と弟が幼稚園の教材としてそれぞれ持って帰ってきた水耕栽培のクロッカスとヒヤシンスを庭の片隅に植えて大事に育ててくれていたのだ。ベランダーとなり、曲がりなりにも植物に目を向けるようになって、帰省中に、祖母と何気ない会話をしていたときにそのことを知った。私は今まで何をしていたんだろうとものすごいショックを受けたことを今でもよく覚えている。気付くのが遅すぎなくてよかった。

私のクロッカスは残念ながら去年絶えてしまった。それでも30年近く毎年花を咲かせていたことになる。弟のヒヤシンスはまだまだ元気で今年も紫色の花を元気に咲かせていた。

そんなこんなで番組を見終わった。圧倒的な善を前にして、当然次にすることは、頬を赤らめて恥じ入りながら自分の庭の手入れをすることだった。暑い、蚊がいるなどという理由で夏のあいだすっかり手入れをさぼっていたのだった。同じような人々は日本全国で少なくとも1万人はいたのではないだろうか。

そこでたくさんおぞましい体験をするのだが、今ここに書いてしまうとターシャを汚してしまう気がするので、また日を改めることにする。そのときまであまり楽しみにせず、待っていてほしい。 (2005.9.23)
8月27日(土) 一眼レフカメラをめぐる攻防

お気付きであろうか。ここ最近庭の植物の写真をアップしていないことに。

根本的深遠なる言い訳としては、夏だから、というものがある。春の修羅と違って、夏は惰性で成長している感が漂って、植物を心から愛せないのだ。そのくせ秋になったとたんに手のひらを返したかのように、生あるものの無常をはかなみ、はらはらと涙を落としつつ文章を書くことになるであろうことも容易に想像がつくのである。

どんな季節にあっても小さな発見を重ねることのできる観察眼を持った人こそが選ばれしプロの写真家でありプロのもの書きなのであろう。私はここのところまったく写真欲に突き動かされない。

さて、もうひとつの言い訳も正直に告白せねばなるまい。どんなにせせこましいものであっても、やはり私たちの生活の真実であるからだ。

それは一眼レフデジタルカメラをめぐる夫婦間の争いに端を発している。

これまで植物の写真は、既存の小型デジタルカメラで夫に撮ってもらっていた。週末の午前中に生じる、夫婦和合のシンボル的行為であるとばかり私は思っていた。「ほら、あなた、お花が咲いたわ。きれいだわ。ちょっと写真に残しておきましょうよ。」

ところが夫はそれをとことん面倒に思っていたのだ。私にも悪かったところはあって、角度やら光の入り方だとかごちゃごちゃうるさく注文を出して、自分の気に入るのが撮れるまで執拗に拘束していたといえば、確かにそうである。潔く認める。

ただ許せなかったのは、あるときから、「一眼レフがないとあーたが撮りたい写真は撮れない」とカメラのせいにし始めたことだ。私はカメラのことは全く分からない。「一眼レフって何?」というレベルから問答が始まった。しかも夫のプレゼンの仕方は、玄人が素人をだますかのように訳の分からない専門用語をたくさん出して人を惑わそうとしているとしか思えない代物だった(=私にそもそも最初から聞く耳がなかったとも言い換えられる)。価格も高いらしい。

「そんな。カメラのせいにするなんて、ずるくない? 技術を磨けば解決可能な問題じゃないの?」と詰問口調の私に、「だったら自分で撮れば。カメラ貸してあげるから。」

ぐう。。。。一番痛いところを突かれてしまった。確かに言うとおりなのである。自分の手は一切汚さず、人を動かして得た成果を自分のものにしてしまおうとするさもしい根性に無意識的に染まっていたのだ。「そうね。私も挑戦してみようかな。」 動揺を悟られまいと必死に平静を装って、この問題はなかったことにした。ゆえに、朝顔以来、すっかり間が空いてしまっているのだ。

ところが状況は一変した。新しいプロジェクトでお世話になる事務所に私の顔写真をデジタルファイルで送る必要が出てきたのである。そうなれば話は別で、その辺の顛末は、夫の8月25日付けのひとりごとに書かれてある。

ただどうしてもそのなかの私の発言に関する記述で訂正というか反論したい箇所があるのだ。「一眼デジカメ、今度の日曜日に買いに行こっか!8,9万円くらいでしょ?冬のボーナス一括で!」というところである。

そのなかの「8,9万円くらいでしょ?冬のボーナス一括で!」は決して私の発言ではない。いくらなんでもそこまで驕慢ではない。これは、夫自らの発言に由来する。それをあたかも私の発言としてねじまげて記載した由々しき事態なのである。
しかも、である。巨悪な不正を暴くためには、このくらいの捏造もあってしかるべきだと開き直るのである。

8,9万円くらい。なんて中途半端な数字。日常会話で発音するにも不自然で言いにくいことこのうえない。これはカメラの価格の相場を知っている人間の言うセリフである。

私の金銭感覚は同年代の人間と比較しても大差ないほどつつましやかなものだと思う。「10万円」から上が絶対的大金として認識されるのである。それを超える買い物をするときは清水の舞台を飛び降りるほどの高揚感を覚える。したがってもし私が本当にあのような高飛車な発言をするなら、せいぜい「10万円以下でしょ?」となるのが自然かつ合理的である。
(ちなみに私のなかで「1万円」の価値は相対的なものだ。1万円のTシャツは激高で、おそらくこれからも買うことがないだろうが、セーターならそんなもんかなと思う。)

今日、さっそく家族で仲良く買い物に出かけた。カメラだけを売ってくれるところは意外となくて、レンズと合わせたお値段となっている。4件目の店で、夫はぐじゅぐじゅと粘りに粘った。結局、レンズと合わせて、99800円にまけてもらった。円満解決といっていいだろう。機種、そのほかの薀蓄についてはいずれ夫からの報告があるはずである。 (2005.8.27)
8月21日(日) 大鉢よ、さようなら

一時帰宅はあったとはいえ、この2週間ばかし、ほとんど不在にしていた我が家であった。今日玄関に入ると、空き家のにおいがした。出発日の9日が遠い昔のような気がする。

この酷暑のおり、心配だったのは植物だったが、庭に地植えにしたものと軒下に避難させたミニ盆栽はとても元気だった。(ただし、庭の様子は草ぼうぼうで、なんだかみすぼらしい感じになっている。)ミニ盆栽以外の鉢ものもたいていは助かった。

ミニ盆栽は古くからのつきあいで、夏場に2週間ほど間をあけても大丈夫な保湿スキルをわれわれ(=植物と私)は会得している。それは、濡れタオルで鉢をくるみ、さらにスーパーでもらえる買い物袋ですっぽり包むというものである。

残念なことに枯れてしまったものもある。ひとつはチョコレートコスモスで、その名のとおりシックなチョコレート色の花を咲かせる植物である。もうひとつは、夫が今年のホワイトデーにくれた清涼な香りを放つボロニアであった。短いつきあいだった。

2つの大鉢の枯死に関して、今のところ考えられる理由は次のとおりである。

チョコレートコスモス:わずかに異臭を放っていた。水を通さない買い物袋のなかで鉢が蒸れてしまい、病原菌か何かが発生したのではないか。砂を中心にした盆栽の土よりも、この鉢で用いられている腐葉土のほうが、病原菌の棲家になりやすい?

ボロニア:土の表面にびっしりふかふかに生えている苔が水分を吸っていまい、比較的早く水不足になってしまったのではないか。

2つとも比較的大きな鉢で、他の鉢に比べても水切れの心配がなさそうだったのに、あっけなく枯れてしまうなんて。上に一応考えられる理由を書いたが、本当にそれが正しいのかよくわからない。植物の生きる論理はよくわからない。種間の違いや個性の違いを認めたうえで世話しないといけないことだけは確かだが、さらに「鉢」という制約条件もかけあわさって問題をさらに複雑にしている。鉢ものに対する苦手意識がここにきて再発した。 (2005.8.21)
7月27日(水) コスモス無頼派

今から9日前にあたる3連休の最終日の夜に、早成コスモスの種を蒔いた。日中からおこなってきた大量の雑草取り作業がようやく終わって、疲れきっていたので、単に種の入った袋からぱらぱらと地面に落としただけの種まきだった。

説明書には3粒ずつの点蒔き、3ミリのほどの厚さに土をかぶせる、とある。日ごろは律儀に説明書を遵守する性格の私であるが、疲労困憊のときは無頼派になる。コスモスはこぼれ種でも増えるんだからそれくらいでだめになってしまっては困るのである。

4日後、たった一つだけそれらしき双葉がお目見えした。そのうち他のエリアにも生えてくるだろうと期待してさらに4,5日待っていたが、生えてくる気配がない。もしや1粒の種しか発芽しなかったのかと自分の行動を後悔し始めていた。

ところが、である。関西方面には恵みの雨をもたらしたとしかいえないすばらしい台風が明けた今朝、たったひとつだけ生えていた新芽の芯からコスモスらしき本葉が展開されるのを目撃して狂喜するのもつかの間、さらに別のエリアにたくさん繊細な芽が顔を出していたのだ。まだ種ガラもついており、初々しい姿をしている。

こんなに時間差をつけるとは、にくい御人。あきらめずに毎日ちゃんと欠かさず水やりをしていて本当によかった。 (2005.7.27)
7月11日(月) 雨後の雑草

このごろ週末は雨続きである。梅雨入りしたというのに6月は雨がほとんど降らなかった。そのときは水枯れを心配して、どうか早く恵みの雨よ降ってくださいと願ったりしていたが、雨が続いたら続いたでうんざりしてしまう。勝手なものである。

大好きな庭いじりもままならない。草取り、種を落とし生を終えた春の一年草の処理、コスモスの種まき(晩秋に咲かせるためできるだけ遅く撒くことにしたのだ)など作業量もどんどんたまっている。

なかでも草取りは深刻な問題である。雨が振るごとに夏の植物がぐんぐん育つのはいいのだが、雑草までもものすごい勢いで成長している。花壇の奥のほうは、遠目から見ると、うっすらと緑のヴェールに覆われているように見える。ところが今のところ抜く機会を逸している。単に雨が降って抜くことができないというのではない。もっと深い問題が私の前に立ちはだかっている。

その大問題とは、植物をたくさん植えすぎて、花壇の奥に行くことができないということだ。植え付けのときはかなり間をあけて植えたつもりだった。すかすかして寂しい気分も味わってきた。しかし、ここへ来て、急にぶわーっと繁茂してしまったのだ。しかも葉っぱだけ。今までのように踏まずして奥にたどり着くということはできそうもない。そうなったらそうなったで急に憎たらしくなる。かわいい子犬がいつのまにかぶさいくな駄犬に変身してしまったときに感じる、あのうらめしさである。

庭は相当計画的に作っていかないと大変なことになる。いつまでもベランダ−の根無し草感覚でいたら駄目なのだ。 (2005.7.11)
6月25日(土) たしかにあれはひまわりだった

先々週ひまわりの芽かどうか観察を続けた植物のことだが、たしかにあれはひまわりだった。テディベアと名付けられるだけある、愛らしいミニ八重咲ひまわりになる予定の植物だった。しかしたくさん芽が生えそろったあたりで、すずめという暴漢にやられたのだ。芽をついばんで、その下の種をほじくりだす。芽は2,3日のあいだに跡かたなく消滅した。ことの大事さに気付いたころは、よっぽど仕事を休んで庭の見張りをしようか悩みに悩んだ。すずめよ、そんなに種がうまいのか!

庭いじりをしていると、美しい蝶ですら敵になる。最初モンシロ蝶やアゲハ蝶が我が家の庭にやってきたときには感動すら覚えたが、そのうちやつらがにくい芋虫の親であることを知るようになると、「ようこそ、我が家へ」と虫けらごときに話しかけていた自分を恥じるようになった。

でもね、おどろくことに、虫食いで枯れるかと思った植物たちのいくつかは最近になって見事復活をとげました。まるで最初の若葉すべて虫たちにあげて、次からの葉から自分たちの分と心得ているよう。そう、これがエコってものよね。ほんと。殺虫剤とかまかなくてよかったわ。

今日は、太陽の日差しもようやく弱まった夕方から、生き残ったロシアひまわりとゴッホのひまわりの、2種類の大型ひまわりの苗の間引き、定植をおこなった。夕方とはいえ、汗だくになる。

庭いじりをしていないころは、雑草に対するロマンチックな好みがあったことは確か。いわんや、間引きなんてかわいそうで出来ないと思っていた。

さすがに雑草に対しては、眉ひとつ動かすことなく抜くことができるようになったが、間引きはまだ慣れない。ということで、間引いた苗もよほど弱々しいもの以外は、庭の隅の空きスペースに植えることにした。

ところがその優しさが災いのもとだった。ちょうどいいぐらいに空いていると思っていたスペースに、苗を植えるべくスコップで掘り返していったら、丸々太った球根を真っ二つにぶったぎってしまった。そうだ、葉が枯れてしまってたから気付かなかったが、ここは水仙が植わっていたのだった。しかも大家さんの置き土産である。ひょえー、ごめんなさい。

まだ間に合うと思って、半分になった水仙の球根を元いた所からちょっとずらした別の場所に埋めることにした。小動物の死体を埋めている錯覚にとらわれそうになりつつも、無事埋め終え、腰を上げると、倒れそうな気分に襲われた。

間引かれずにそのまますくすくと育つはずの、最もいきおいのよい苗をお尻の下にしいてしまっていたのだ。幸い、茎は折れてはいなかったが、明らかに不自然に曲がってしまった。どうか無事であってくれ。

その辺のところは植物界の聖典『ボタニカル・ライフ』にもとっくの昔にかかれている。師よ、あなたのおっしゃる意味がようやく私にもわかりつつあるようになりました。もちろん、あなたの、その深い宇宙的洞察の足元に及ぶものではありませんが、少なくとも見せかけだけのハードボイルドとは縁が切れつつあります。師よ、どうか私を。。。 (2005.6.25)
6月11日(土) ひまわりの芽?

恵みの雨の後、ひまわりの芽らしきものをひとつ発見。ただしここで手放しでよろこんではいけない。雑草ということも多いにありうるからだ。そのときかえって激しい落胆に襲われるので、ここしばらくは淡々と観察を続けることにする。師と仰ぐいとうせいこう氏もそう言っている。 (2005.6.11)
6月5日(日)  ひまわりの種まき

植物愛好家として、大忙しの1日だった。 1日のうちにしたことを時系列に沿って書き出してみる。

午前中。

お客さんが来ることになっていたので、いつもより早く起きて、花を摘む。 リビングや台所には、美しく生けておいたはずのナデシコが醜くドライフラワー化していた。いくらなんでもやはりこれはまずい。こういうときこそ、すっかり勢いを失っているビオラを引き抜くべし。まだ生きているという理由だけで抜きたい気分を押さえ込んでいたが、庭の真中にだらしなく茎を倒れこませた植物があると醜くて仕方がない。まだわずかに残っているきれいな花を束ねると、丈の短いかわいらしいブーケになった。最後の花道。ビオラにとっても、庭で朽ちていくより、よほど幸せなはず。リビングの窓辺に飾る。

それから万が一、台所を見られる可能性もあるので、チェリーセージの赤い小花とミントの葉を摘んでコップに挿す。これらは摘めば摘むほどわきから芽が出て株が大きくなるというお得な草なので、全く問題なし。

一番悩んだのが玄関に花を飾るかどうかということだ。前日に切花を買うのをうっかり忘れていたのがそもそもの失敗だ。しかし大事なお客さんである。思い切って今我が家の庭で一番きれいな赤いゴテチャの根元をはさみでちょきんと切る。一年草なのでもう生えてこない。切る瞬間、うわあほんとに切っちゃったよと何とも言えない高揚感に満たされる。玄関の顔にした。

昼下がり。

無事接客も終わり、午後から近くのホームセンターに家族で買い物に出掛ける。腐葉土を買うのが私の一番の目的だった。庭土に漉き込んで、ヒマワリの種のためのふかふかベッドにする算段。あともうひとつの目的は、青じその苗を探すこと。以前探したときはあいにく売切れだったので、そのリベンジのつもりだった。

青じその苗は見当たらなかった。「野菜の苗は新しく入荷する予定はありません」と札もかかげられている。しばらく、いじきたなくもあきらめのつかない気分を引きずっていたが、水中植物や食虫植物のコーナーを前にして、吹き飛んだ。私はこういうのが好きなのである。すっかりホームセンターの品揃えは夏仕様になっていた。

夫から携帯電話に呼び出しがかかる。自分の買い物は終わったけど、まだ? 息子にお茶を飲ませながら、いつものところで待ってるから早く買い物を済ませるように。このような主旨だった。

忘れてた、忘れてた。食虫植物に指を入れようかと悩んでいる場合ではない。一番の大きな目的である腐葉土を探しにいった。腐葉土は1種類しか置いていなかったので、探すのはかえって苦労した。それにしても土コーナーは地味であった。

夕方。

太陽の日差しを避け、夕方から種まきにとりかかる。 最初の作業は種まきスペースを確保すること。ちなみに朝、ビオラを引き抜いたのは、スペース確保の理由も大きい。

まずは、先週の遣り残し作業として、チューリップの球根堀上の続きをおこなう。 この日掘り上げた夫のオランダ土産の黄色のチューリップは、もとの球根よりも大きく育っていた。へえ、そういうこともあるもんだと、びっくり。御礼肥えとの相性がよかったのかな。それとも原種系はそういう性質を持つのかな。

次に、寄せ植えの鉢を2つ作った。スペース確保の犠牲者として抜かれた植物の後始末を考えてのことである。まだしっかり生きている植物をこちらの勝手な都合で捨てることはできない。 前日に、『その河をこえて、5月』の再演観劇記念のつもりで、大津のお隣にある膳所駅前の花屋にて、澄んだ黄色のマリーゴールドを手に入れていた。それに合わせて、黄緑色のアイビーを抜いた。あともう一鉢は、クリーム色のナスタチウムに終わりかけの青いわすれなぐさをそれぞれ抜いて、組み合わせた。消極的な理由の割には、それぞれの鉢が意外とまとまってうっとり。寄せ植えもおもしろいかも。

ここで「おかあさん、何してるん」と息子の邪魔が入る。夫が2階でパソコンに向かっていて目を離したすきに、自分で下駄箱の中から黄色い長靴を出し、リビングの窓のかぎをあけて、庭に出てきたのだ。しばらく無視していたが、ちょっきん、ちょっきんという声に振り向くと、花切りバサミを持って私に向かってきていた。危ないので、取り上げて、はさみを家の中に入れようとする。いつもなら抗議の声を張上げて大泣きするのにやけに静かだ。不穏。後ろを振り向くと、今度は重い鋤を持って振り下ろし作業を始めている。足を切るではないか!!

「ねえ、ゆうくん、いっしょに、コーヒーを飲みましょう。にゅうにゅう(牛乳のこと)たっぷりね」と優しく声をかけて、家の中に入った。

しばし休憩。

母恋しいさかりの息子を無理やり夫にあずけ、空いたスペースに急いで腐葉土の漉き込みをおこなう。6月上旬がひまわり種まきの最終リミット。来週末の天気はどうなるか分からないので、チャンスは今日しかない。

急いで、3種類のひまわりの種をまく。60センチ間隔に3,4粒ずつ1センチの深さでまくよう説明書に書いてあったので、そのとおりにしようとしたが、3スポットぐらい実践してどこに何をまいたか分からなくなってしまった。腐葉土を混ぜ込んだ土は、いつもよりずっと黒くてふかふかしており、手でいじった場所が全く目立たないのだ。

結局、闇雲にまきちらしたことになる。 もっともメインであるはずのの作業がもっとも適当に終わってしまった。 (2005.6.5)
5月14日(土)  チューリップ!チューリップ!!チューリップ!!!


こんなにチューリップのことが好きだとは、育てて見るまで知らなかった。

去年の11月、がびがびに干からびた土を15センチほど掘り返して、赤と黄色のチューリップの球根を10球ずつ植え付けた。手持ちの道具はスコップしかなかったので、作業時間は予想以上にかかり、あたりはすっかり暗くなっていた。 ついでにいえば、クロッカスやムスカリやユリの球根も植え付けた。

それから毎朝毎晩、仕事に行く前と寝る前に、庭に出ては芽が出ていないか、変わった様子はないかをチェックするのが日課になっていた。なかなか変化がない。我慢できずに空いている場所にもう20球チューリップを植え付けた。

しばらくたったある晩のこと、クロッカスを植えたあたりの様子がおかしいことに気付いた。ぷくっとした小さなおでき状のふくらみが防犯灯の薄明かりにも照らされている。もしかして芽!? 翌朝日の光のなかで確かめると、確かにうすーい緑が感じられる有機物の気配が。さらにそのうえを何やらキラキラ光る液体がかわいたような跡がいく筋か見えた。

この跡はなめくじの仕業であることがその後の極寒の夜に判明。ますます夜の見回りを厳しくした。 一度夜中になめくじ退治をしている私の姿をお隣さんに目撃され、ぎょっとされたことがある。顔も見えないのに、なぜぎょっとされたことがわかるかというと、背中越しに隣家の方角から視線を感じ、私がそちらのほうを振り向くと、ピシャッと窓を閉められたからだ。その節は驚かせてすいませんでした。最近では私が植物好きであることを認知していただき、垣根越しにお話することもあるので、安心だ。

クロッカスやムスカリが芽吹いているころ、チューリップのエリアには何の変化もなかった。

クロッカスやムスカリが葉を茂らせているころ、ようやく、鳥のくちばしのようなチューリップの芽がいっせいに出た。やった、やった、やった!

クロッカスやムスカリが花を咲かせているころ、チューリップもぐんぐん大きくなっていった。

クロッカスやムスカリの花が枯れていてもそんなにさびしくなかったのは、硬いつぼみをほころばせ始めたチューリップのおかげだった。

あんなにきれいだったチューリップの花が散ったのち、しばらく呆然と庭を見てやり過ごすことが多くなった。そのさびしさを紛らわせるため、秋に向けてたくさん苗を植えた。それでもさびしかったので、既に花が咲いている比較的大きい花木や草花を地元のホームセンターの鉢花コーナーで選び、花首を切られ葉だけになったチューリップの隣に植えた。それでもまださびしかったので、球根を堀り上げたのちの作業、ひまわりいっぱい作戦のことを無理やり頭に思い浮かべた。手元に、大輪の花が咲くロシアひまわりと、「ゴッホのひまわり」と名づけられたミックスひまわり種セットと、テディベアという八重咲小型種のひまわりの種の袋を持ちながら。

「チューリップ、ないねえ」というのがこのごろ保育園の帰り道、店先やよそのお宅の玄関先に咲き誇っている花を見る際の息子の口癖になっている。きっと私が庭で無意識に口にしてきたことばを覚えたのだろう。

このHP上にチューリップの写真がやたら多いのも私の興奮の表れだし、その後3週間ほど間があいているのは、写真をとる気力がわかなかったからである。最初から咲いている花を何種類か植えても、撮りたい(正確には、この上なくごちゃごちゃと注文をつけて夫に撮ってもらうまでの)パッションが湧かないのだ。しまいには、秋明菊の苗を植えるスペースに困って、ちょっと前に自分が植えた花木を邪魔に感じるようになる始末である。花にしてみればいい迷惑で、こうなれば悪循環である。

この悪循環を断ち切ったのは、去年の11月に植え付けたナデシコとジャーマンカモミールだった。5月後半になって次々に花を咲かせてくれたからだ。この花たちも、極寒のなか霜に打たれながらいじけた葉の色で耐えてきたものたちで、私が出来ることといえばナメクジから守ってやるぐらいだったのだ。ジャーマンカモミールは春になったらなったでアブラムシの被害にあい、一時は花をあきらめていたぐらいだったのに。 そうだ、家のなかに仕舞い忘れ、冬に一度枯れたかと思った木を、暖かくなって庭に移植したら、次々と葉を出し、ついには買ってきたときよりも濃い紫色の花を咲かせたものもいる。そうなると写真欲がわいてくる。さっそくそれらの写真をアップしたので、見てください。

チューリップに関しては、無理やりではなく、心から未来への希望に向かうようになった。御礼肥え第2段をやって、球根を太らせているところである。ものの本には、種類別にネットに入れて、日陰につるしておくよう指示してあるが、私はそういう分別作業はしない。シャッフルして、今年の秋には、プランターにびっしり植付けようっと。どんなふうになるかお楽しみ。それにもしかしたら2年目は花は咲かないかもしれない。それならそれでいい。庭にはまた、新しく最高に元気な球根を植えよう。

切花と違って庭の花は、小さいときから育ててきたものへの愛着がひとしおである。花が咲いただけでうれしい。見栄えは2の次、3の次である。というのは半分嘘で、自分の庭で咲いた花はどんなものでもきらきらまぶしいほどきれいに見えるのだ。 息子は相変わらず花を見ると「チューリップ、ないねえ」と言っているが、そのうち別のことばに代わると思う。 (2005.5.14)