2005年8月
2日分まとめて更新!
8月1日(月)
・ごはん
・たまねぎとわかめの味噌汁
・刺身の盛り合わせ
・かつおのたたき
・オクラのしょうゆマヨネーズソース
・もずく
・梅干
全般的に呆けてた一日だった。原稿書く気が全く起こらず。会社でやったことは、お客さん相手にちょっとした研究のプレゼンと、自分のミスで不備だらけの書類の訂正作業ぐらい。生産性なし。
そういうときは夕食を作る気も起こらない。そこで手抜き献立のなかで、せめてもの正統派、刺身を利用した。
味噌汁はなぜかばっちりと味が決まった。理由がわからないのが次につなげない最大の原因だ。おみくじで大吉があたった気分で、ただ運がよかったとしかいえないのよね。でも、これで気分が上向きに。
8月2日(火)
・白ワイン
・冷たいコーンクリームスープ
・トマトの冷製パスタ
・牛タンのみそ焼き
・なすの味噌田楽
・桃
・コーヒー
夫が作ってくれた。献立の名前だけ見ると、一見ばらばらな感じがするが、とてもまとまった味であることに食べてみて気付く。絶対日本の家庭でしかお目にかかれない組み合わせ。牛タンは、この前の夫の仙台出張の土産。
本日の食卓の会話。
夫:赤ワインビネガーがなかったから白ワインビネガーをパスタソースに入れたよ。
私:え、うちにそんなんあったの?
夫:なかったから買いにいったんじゃないの。
夫:なすの味噌田楽、全部作るの大変だから、チューブの味噌ダレ使ってる。
私:そんな便利なもの売ってるの?
夫:常識だよ、ぷー。それにしても、今日の料理は余らず足りずにちょうどいい量におさまってよかったと思わない。
大阪弁を書き言葉に起こせないから、標準語に変換して再現してみたんだけど、私と夫を入れ替えても成立する世界。どっちが本当の主婦かわからない。
8月3日(水)
・ごはん
・たまねぎとわかめの味噌汁
・豚のステーキ、おろしポン酢だれ
・アボガドと明太子のディップ
・ズッキーニのシンプルソテー
・プチトマト
1ヶ月締め切りを延ばしてもらった原稿の初稿をひとまず研究所ないに提出。図表や参考文献リストがぜんぜんできていないが、とりあえず文章を頭からお尻まで書いた。木曜の定例ミーティングでもんでもらう。
会社帰り、頭が働かず、夕食に何をするかひさびさに悩んだ。「私、何食べたいんですか?」と実存的問いがかけめぐる。
8月4日(木)
・天津飯
・冷やし中華麺
・中華風かき玉汁
・チンジャオロース
・青梗菜のピリ辛炒め
・コーヒー
夫が作ってくれた。大学が夏休みにはいり、時間的に融通がきくようになり、最近よく作ってくれる。私より自炊歴が長いので、今日のようなメニューもささっと短時間で作ってしまえるのである。
今日の天津飯なんて、その辺の化学調味料の味がたっているこってり系中華料理屋より、うんまいよ。酢をきかせて、滋味深い味だった。
8月5日(金)
・冷天おろし
・コーヒー
夫が職場の宴会でいないため、息子とささっと済ませた夕食だった。今日は完全に呆けた。食にまつわるノスタルジーが思いっきり雑念となって私を襲い掛かった。
私の食にまつわる人生において、親と呼べる2種類の人々がいる。
最初の「親」は、血のつながりのある父母や祖父母、親戚一同。何ということはない家庭料理を毎日食べさせてもらった。今の私の料理は、「こねる」「包む」「揚げる」作業をほとんどしていないが、母のロールキャベツや祖母の蒸し餃子は大好物のひとつで、最近でも帰省するとよくリクエストする。食後は祖父がお茶を全員にふるまい、果物、おまんじゅうなど甘いものといっしょに飲むのが日課だった。
休日は、おばたちはそれぞれの得意なお菓子を、おじたちは釣った魚をもってきてくれた。Mおばさんのマドレーヌは絶品である。Hおじさんは鮎の友釣りもできるが、ふぐの調理師免許も持っており目の前でご自慢のマイ包丁で刺身におろしてくれた。
夏休み、冬休み、春休みにいっていた母の実家でも、たけのこの季節になると掘りにいったり、おじさんたちの夜釣りのあと、Mおじさんが刺身、Fおばさんが煮付け、焼き物、味噌汁にしてくれた。当局の目をかいくぐり、子どもたちを喜ばせるためかすみ網でゲットした野鳥を焼き鳥にもしてくれた(もう時効のはず)。
ジャンクフードとの正しいつきあい方もおしえてもらった。弟と私は日清のどん兵衛が好物で毎日でも食べたかったくらいだったが、学校がはやく空ける土曜のお昼、おおよそ隔週のペースで食べていい日だった。父は町へ出張があるとごくたまに、ロッテリアのハンバーガーとポテトをお土産に買ってきてくれた。しなしなになったポテトを前にして、世の中にこんなおいしいものがあるのかと本気で感動していた。
まとめるなら、一番目の親たちは、田舎でできる、目くじら立てないごく自然な食とのつながりをもたせてくれた、といえる。
二番目の「親」は、学生のときトーキョーに出て知り合った方々だ。外食とは無縁のところで育った私に、外食の楽しさをおしえてくださったのだ。とりわけO夫妻には感謝してもしきれないくらい、和洋中、お酒と「おいしい」目に会わせていただいた。私にいったいこれまでいくら「投資」してくださったのだろう?
O夫妻の親たる所以は、ことばではなく経験させることから教育を始めるというところにある。たとえば、合法的にお酒を飲めるようになった頃に、エストという湯島のバーに連れて行ってもらった。「おいしいバーがあるけど、いく?」ということばに興味津々でついていった。バーなんて、トレンディードラマでしかお目にかかれない大人の場所だったから。
カクテルの名前など知らなくても全然大丈夫だった。マスターとお姉さんがいっしょになって、統合と分析の往復運動という正統的科学的アプローチ法でお酒をおしえてくれた。それはこんな感じだ。
なにやらすんごくおいしいカクテルが出る。マスターは、これにはこれとこれが入っているとショットグラスにちょっとずつ入れてくれる。で、たとえばベースがラムだとするなら、その他にその日お店に入っている別のラムを何種類か味あわせてくれる。で、そのなかで一番好きなタイプのラムでまた何か作ってくれる。「ん、なんかちょっと違う。個人的には、前のほうが好きだなあ。なんでなんでしょう」というと、「それならこれはいかがですか」とまた別の作り方で何か出てくる。「おいしい!むちゃくちゃすきな味です」。
このように、ことばをもたない「子ども」が快不快の法則だけで反応してても、おもしろいほどコミュニケーションが続いたので、楽しくないわけがない。研究会があるたびごとにしょっちゅう連れて行ってもらっていた。
それとマスターの作ってくれるカクテルは、その日の材料での最高の組み合わせ、その日限りの真剣勝負なオリジナルものが多かった。前に作ってくれたものをリクエストしても、材料があるとは限らず、むしろできないことのほうが多い。いただくほうも、過去にこだわらず、自然とその日の1杯1杯を大切にすることになる。(いま、頭のなかで過去のカクテルを反芻しているところ。たぶん、私はいま遠いあぶない目をしているはず。会話の中身はほとんど覚えていないのにね。)
しばらくすると自分でも「語り」たくなって他のバーにも行ってみたけど、どうもジュースで薄まった味がする場合が多く、あれえ?と思ったのだ。そのときになってエストのマスターがものすごいスキルをもった人であることに気付く。あらためて尊敬の念。今にしておもえば「なんかちょっと違う」なんてよく言えたものである、こわいもの知らずもいいところだ。
また、とびきりおいしいお酒を作ると同時に、絶対こちらの話の骨を折らない、どんぴしゃのタイミングでうまい具合に介入することなんて、当たり前のようにみえて実はとても難しいことだったのね。
あと、エストではおすましする必要を感じなかったけど、ホテル系のちゃんとしたところなんて、他の席にはお酒以外の目的で来ている人もいたので、エストでしてたみたいについ「え、それどんな感じ?」と皆で回し飲みするような、好奇心を先行させた行為は自粛してたからなあ。
関西に越してきて、不慣れな土地で気弱になっているとき、東京出張を口実にO夫妻とほんとうにひさびさにエストにいったことがある。Oさんは以前から、「エスト以外にもおいしいバーはたくさんあるよ。この近く(=湯島)にだってあるんだから、そっち行くべきだよ」など保守的になりがちな私の性向をたしなめる発言を繰り返していたが、今度という今度はマスターにも「京都にもいいバーがありますよね」と進められる始末。なんか、そのときふっきれた感じがしたのだ。大げさでなく。
エストはエストでまた行こうと思うけど、他にもいろいろ知ろうと思う。世界を広げようと思う。
息子にもジャンクフードからレストランまでいろんな食を知ってもらいたいと思う。そのためにまずは、おうちの普通のご飯を毎日ちゃんと食べてもらおうと思う。そしたらきっといつか他のおとなが別世界に連れて行ってくれるよ。
最長記録! 長すぎ。
勘のいい方は最初からわかっていたと思いますが、要は現実逃避なんですう。今晩エストいきたいなあ、何も考えずこんなにすらすら論文でも文章が書けたらいいなあという。
生みの苦しみ。
8月6日(土)
・ごはん
・なめこの味噌汁
・さばの塩焼き、じゃこおろし添え
・里芋の煮付け
・ほうれん草のおひたし
・豆腐の味噌田楽
・コーヒー
昼間私が研究会に出ていたため、夫が作ってくれた。1時間ですべて用意したという。里芋の煮付けがとくにおいしかった。
研究会は奈良女子大学で開かれた。奈良の新風物詩「燈火会」もある日だったので、浴衣姿の人をたくさんみかけた。
『排除と差別のエスノメソドロジー』の山田富秋、『身振りからことばへ』の麻生武、『「私」とは何か』の浜田寿美男のお三方が、「事実」とは何か、構成主義をとるべきか、実在主義をとるべきか議論するという。今、ちょうど書いている論文の内容とリンクする。行かないわけにはいくめえよ。
うちにこもらず出かけていって大正解だった。昨日、おとといから悩んでいた論文のことに解決の糸口をもらった。
何に悩んでいたかというと、ボスの修正要求をそのまま遵守すべきかどうかということ。立場上ボスがそう発言するのもごもっともなことなのだが、そのまま遵守するにはちょっと違和感もあったのだ。けれどもその違和感がどこから来るのかよくわからなかった。今日の研究会の議論を聞いて、それが「論理的」にわかったのだ。これでボスへの説得を試みることができる。
昨日は散々だった。「どうせサラリーマン研究員なんだし、どっちにしろ思考停止しているあの世代とは対話不可能なんだよ。適当にあわせて、ちゃちゃっと書いちゃいな。」という悪魔のささやきと、「そんなことしたらいままで育ててくれた親たちが悲しんでしまう」というノスタルジーが交互に押し寄せ、ぐちゃぐちゃだった。
このような「情緒」のうえの話だけではまともな説得なんてできないが、今日は「論理」をもらった。それに世代の差というものを言い訳にして、身近な人を説得しようともしないで、世間を納得させるものが書けるかといえば、はなはだ疑問だし。ボスは「親」のひとりでもあるので、ちゃんと説明すればきっと納得してくれるはず、とどこかで信じているし。
帰宅後、テレビをつけて唖然とした。NHK以外、広島の原爆投下の話をまともにとりあげていないのだ。テレビ局の人のなかにだって、真摯にいい番組を作りたいという人はいっぱいいるだろうに。。企画の現実化をはばむ要素がたくさんありすぎるに違いない。馬鹿げた番組がこれだけあるんだから、自暴自棄になって辞めていった人もたくさんいるはず。論理で上司を説得できると信じるなんて、そんな甘ちゃんの世界に俺たちゃ生きてないよ、と言う人がいっぱいいるだろうな、と勝手に推測。
とまあ、息子を寝かしつけて、自分も寝る前になってようやく落ち着いて考えられるようになった。ついさっきまで、民放や高野連にむかむか怒っていたのだ。昨日からなんと忙しいこと。
ちなみに夫も怒りのひとりごとを書いている。
8月7日(日)
・冷天おろし
・握り寿司
・桃
・梨
・コーヒー
今日も夫が作ってくれた。暑すぎる。なるべく台所に立ちたくないということで意見の一致をみた結果の献立。
日曜の娯楽、「行列のできる法律相談所」というテレビ番組を見た。最近建築家の安藤忠雄を別の番組で見ていて、誰かに似ているなあと思ってたけど、行列の丸山弁護士に似てたのね。これって周知の事実なのかな。
8月8日(月)
・ごはん
・ミネストローネ
・冷やっこ
・じゃこおろし
・コーヒー
夫が宴会で不在なので、息子とふたりで、冷蔵庫にある生ものをなくすべくがんばった。
植物に対してもできるだけのことはした。
明日から沖縄にいってきます。
会社員になって初めて感じるようになった、夏休みを待ち焦がれる気持ち。あのね、「学校」や「家庭」と関わっているときには決して感じることはできやせんぜ、この気持ちは。
沖縄のあとは長崎に寄ります。
夏のこの時期、沖縄と長崎に行くのは私たち家族にとって重要な行事。気分が透明になる不思議な感じが得られるのです。今年で5回目。借金してまで敢行した年があったわさ。
志半ばで亡くなった大学院の先輩3人と女優さん2人のことを思い出す。そっちはどうですか。私はこっちで元気です。
そっちはどうかと聞いているからといって、気まぐれに呼んでやろうとは絶対に思わないで下さいね。お願いですよ。あなたがたのせいで、いい人は若死にするという法則は真実であると信じているので、私はとことん悪事をはたらいて、周りにかけられるだけの迷惑をかけて長生きしようと思っています。
次回の更新は22日(月)になる予定。どんな旅報告になるのかな。
8月17日(水)
・スパークリングワイン
・前菜いろいろ
・オクラのスープ
・鮭とルコラのクリームスパゲティ
・鶏のソテー
・コーヒー
楽しい休暇が終わった。今日は一時帰宅して、明日から21日まで研究会&シンポジウムのため夫婦で富山にでかける。頭を切り替えないと。
息子は岡山の実家に預けている。ひさびさに二人きりで外食したが、やはり息子のことが気になる。夜電話すると、まったくさみしがっていない。それどころか、おもいっきりはしゃいでいた。親のほうが心配症かもしれない。
移動で疲れているのに眠れないので、おまじないのようにこれまでの旅程を書くことにする。
9,10 :沖縄(那覇)
11,12,13:沖縄(粟国島)
14,15 :長崎
16 :岡山
8月21日(日)
・生ビール
・豆腐を中心とした会席風料理いろいろ
富山から帰宅。途中京都駅で実家の両親と待ち合わせて、息子を引き取る。そのときいっしょに夕食をとった。相当かわいがられてきたと見られる息子は一段とおしゃべりになり、声のトーンは少し上がったみたいだ。
出席したシンポジウム「創発夏の学校2005」には、国の科学技術の方向性の舵取りをしている方も来ていて、人文社会系にいる人間には怖すぎる話を聞いてしまった。四捨五入すれば80になる高齢だというのに、頭が凡人よりも冴え切っていて、何百歳も生きそうな勢いのある方である。うかうかしていると、こちらが気付かないまにスパッと切られそうな感じをおこさせる方である。さて、どうする? できるだけ抵抗して、せめて最後は華のある切られ方をしたいという美学を持ち出さざるをえないところまで絶対いまは来ていると思う。
正直に告白すると、その方の話を聞いて、人文社会系の既得権益を守りたいという保守的な考えがふつふつと沸いてきた。いままでそれほど意識することはなかったが、ああ、私はこんなにまで人文社会系の営みを愛しており、いまの状態が続いてほしいと思っていたのかということに気付かされた。ただこの種の保守性を持ったままでは、たんに情緒的なヒステリー的抵抗しかできない。それでは相手の思う壺である。相手はできるだけこちらに考える隙を与えないようにして、最後一気に理論武装戦車でつぶしたいと思っているようなのだ。さて、どうする?
植物日記をひさびさに更新。
8月22日(月)
・枝豆と平目の中華風粥
・サーモンのたたき
・もずく
・梅干
夫がお腹をこわしたので、できるだけ消化のよさそうな献立にした。おかゆに枝豆を入れて大正解。栄養面だけでなく彩りもとてもきれい。
来年のことも考えて、沖縄での食日記も書き残しておこうと思う。明日からしばらくは、当日食べた夕食と沖縄の日記の2重構成でいく。そうすることで、私から薀蓄と自慢たらたらの話を無理やり聞かせられるというランチ被害にあう友人の数をできるだけ少なくできると思う。
今回の旅行の成功の鍵をにぎったのは、『沖縄上手な旅ごはん』(さとなお著・文藝春秋)という1冊の名著である。おととし出版されたのだが、出版当時は、離島でのすごし方の記述がまるで尾行でもされたかと思うくらい私たちのと似ていて不気味だったので家に置いてきたのであった。しかしある事件をきっかけに今年からガイドブックとして携行することにした。そのある事件とは、、、次回乞うご期待。
8月23日(火)
・ぶどう
・パイナップル
・冷天おろしうどん
・なめこの味噌汁
・ほうじ茶
・羊羹
すべて夫が決めた献立。果物をたくさん欲しがるのは病人特有なのか。
8月9日(火):那覇1泊目
昼at牧志第一公設市場のつばめ食堂
・そうめんチャンプル
・ぎょうざ
・グルクンの唐揚げ
・ソーキそば
夜at苫屋(居酒屋)
・わさび入りもずく
・豪華手巻き寿司
・伊勢えびの味噌汁
まず沖縄に着くと、公設市場のつばめ食堂に立ち寄ることにしている。これで頭の切り替え即完了できるから。
つばめ食堂は去年よりこぎれいになっていた。相席が常識だったテーブルの配置も、家族ごとに独立したテーブルが与えられる配置に変更されていた。ちょっとさびしい気もしたが、おととし遭遇した最低な男のような輩が増えたせいかもしれないと密かに思っている。
ひとりでやってきたその男は、うまいうまいと幸せな気分に浸っているわれわれのテーブルに相席となった。椅子に座るや否や携帯電話を取り出し、おそらくは大学のサークルの先輩と思われる人物を相手に大声で市場の様子を報告し始めた。第一声が、「ガイドブックに載ってっから来たんですけど、すっげー汚ねえとこなんすよ。金があったらこんなとこ来ませんよ」。そして人の頼んだものに対して、「なんかすっげー変なもんがやってきた」といちいち騒々しい。その調子でずっと携帯で大声でしゃべりながら食べているのだ。かつてならとっくにひと悶着起こしている血の気の多い私だが、乳飲み子をかかえているので我慢した。夫がわっかりやすく相手にも伝わるよう不快感を顕にして、ようやくその男が去っていっても、ハラワタ煮えくり返って、しばらく怒りがおさまらず。
しきりなおしに店を変えようにもまたその手の人に遭遇するのはいやだと、こともあろうにその年の夕食はホテルのルームサービスにしてしまったほど、何の因果かおととしは沖縄にまで来て引きこもってしまった。
その男のネガティブパワーの呪縛は翌年まで続いた。去年は那覇を避けて粟国島に直行するプランにしたのだ。ところがあいにくの台風で足止め。やっととれたホテルの部屋で、本土とは違いテレビでほとんど台風情報を伝えてくれないことにやきもきし、またちょうど米軍のヘリが大学に墜ちたときと重なり、やきもき度最高潮。
そんなとき、さとなおさんだったらどこに行くのだろうか。自分たちの旅がしたいよねとつまらない意地をはって『沖縄上手な旅ごはん』をうちに置いて来たことをつくづく後悔したのだ。( さとなおさんとは、ネット上でちゃんと人格を作っており、会ってもいないのに実際に会っているような感覚を起こさせる稀有な人)
前口上がやたら長くなったが、今年は、日頃のまじめな性格を生かして、『沖縄上手』をテキストにお勉強モードに徹することにした。
最初の夜に行ったのは、那覇での常宿ホテル西武オリオン近くにある苫屋という居酒屋。
うぐ、仕事に行く時間になってしまった。続きはまた明日。
8月24日(水)
・白ワイン
・魚介のスープスパゲティ
・生ハム&いちじく
・ぶどう
今日も果物たくさん。夫の調子は上向きに。
8月9日(火):那覇1泊目
(昨日の続き)
沖縄1日分を記述するのに2日も充てるとは。終わるのにいったい何日かかるのか。でもしゃべりたいので、マイペースで続けよう。ひまなんかいとひとりつっこみを入れたくなるが、この作業を終えないと先に進めない感じなのだ。
夜at苫屋(居酒屋)
・わさび入りもずく
・豪華手巻き寿司
・伊勢えびの味噌汁
苫屋にはあらかじめ3人で行く旨を伝えておいた(つまり予約ね)。店の前には魚の文字が書かれた看板が出ていた。店内に入ると、客は私たち家族だけ。ちょっとこわい感じのおやじさんがひとりでカウンターに座っていた。どうみても職人風の板前さんである。
どうしていいかわからずもじもじしていると、伊勢えびでもどうかと聞いてくるので是非お願いしますと頼んだ。
お通しは今まで食べたこともないほどおいしいもずく。わさびが乗せられていて、それも非常に合う。「みきりん、こんなの初めて。さぶ!」とひとりでボルテージを上げていった。
しばらくして出てきたのが、やさくれ男3人分はゆうにありそうな刺身の舟盛り。なぜかウニだけ発砲トレーの皿そのまま盛られていた。
伊勢えびの刺身はもちろんのこと、このウニが絶品だった。『沖縄上手』にも書かれてあったが、沖縄のウニは北海ものと比較してあっさりとして、口のなかでしゅわしゅわっとなくなっていくはかないおいしさ。発砲トレーに直接口をつけて、かきこみたい気分いっぱいになったほど。
この感覚は、熊本の母の実家で食べたウニと同じ。当時幼少だったので、お子様の特権で、ほとんどひとりで箱に口をつけて食べてしまった。それは南のウニ独特の食べ方だったのだ。
さとなおさんは食べ慣れているだけあって、南のウニこそいろいろな料理に合うはずだと主張しているが、私はまず南のウニは単体でごそっと食べてしまいたくなってしまい、北海道の濃厚ウニは生クリームの代わりに使いたいと思ってしまう。(どんなにおいしい生クリームでもそのまま飲むのはあまりにくどいでしょ?)
たとえば、小樽で食べたうに丼。あれは、おいしいホワイトソースを使ったドリアに匹敵する。
たとえば、神楽坂のいまはもうないイタリア料理屋でしょっちゅう食べてたトマトのウニクリームスパゲティ。これだって、ウニ≒生クリームの公式があてはまる。
熊本のウニと北海道のウニは何かが違うと思っていた長年の疑問が頭(『沖縄上手』のテクスト)でも舌(苫屋のウニ)でも納得できて幸せだった。そうこうしているうちにおやじさんが手巻き寿司にでもしなとごはんと海苔を持ってきた。幸せ度さらにアップ。
仕上げに伊勢えびの頭と殻を使った味噌汁が出されたときは、「あんまりかまいすぎると二人目が出来ないよ」とおやじさんが息子の子守までしてくれた。おいしいものに出会うと雄たけびとおいしい踊りを始める息子とおやじさんとのあいだに心の交流ができた模様。
坊や、いいものがあると厨房の奥に連れられ、頭をつぶしてひっくり返された状態の海亀まで見せていただいた。親であるわれわれも思わず着いていった。明日のお客さんに出すために今から準備しているという。いったいどんな味がするんだろう。
そんなこんなで大満足してお会計の時間に。大満足の分そうとう請求されるだろうと覚悟していたが、1万円ぽっきりという超良心的価格。
質もさることながら、非常にくやしいことに全部食べ切れないほどの量であったのだ。伊勢えびやウニも家族全員お腹いっぱいになるまで食べたし、そのほかの魚もたっぷりで、皿の上に少々残してしまった。大食らい一家であるというのに、こともあろうにごはんも残してしまった。何も考えず「3人」で予約した我々の責任だ。ごめんなさい。
いまどきチェーンの居酒屋でもお腹いっぱいに飲み食いすれば一人頭3000円は必要である。逆算すれば、あなたたち絶対ぼったくり過ぎよ(なぜか怒りのおかまことばに)。
帰り際、息子は名残惜しそうにおやじさんに「さよなら、またね」を連呼。3人でお腹をぱんぱんに膨らませて帰路についたのであった。
8月25日(木)
・冷酒
・ごはん
・湯豆腐(しいたけ、水菜入り)
・かつおのたたき
・明太子
・プチトマト
・生ハム&いちじく(昨日の残りほんのちょっと)
・コーヒー
あっさりさっぱりとしたものが食べたかった。
本業は、近年まれに見るどスランプ状態に突入。旧プロジェクトのまとめの論文書きなのだが、にっちもさっちもいかない。
8月10日(水):那覇2泊目
昼at首里そば(沖縄そばの店)
・そば
夜atうりずん(居酒屋)
・グルクンのたたき
・ゴーヤチャンプル
・ナーベラーンブシー(へちまと豆腐の味噌煮込み)
・血イリチイ(豚の新鮮な血を使ったレバニラ炒め)
・沖縄そば(夫のみ)
・泡盛with豆腐よう
昼の首里そばについては私がごちゃごちゃ書くまでもないであろう超有名店である。硬めの麺に、いい意味で「こく」すら感じない透き通ったおつゆ。この首里そばを食べるために2泊3日の那覇ツアーを組んだぐらいである。行列のできる店に並んでいる人々を見て、並んでまで食べたいものはないと思っていたが、ここ首里そばと坂出のおか泉(讃岐うどん)で自分史のなかに例外ができた。並んででも食べたいのである。
首里そばは今回で二回目。繊細すぎるおつゆのうまみに涙の再会。ただ、前回よりおつゆに塩気を感じてしまった。私の体調によるのかもしれないが、なんでだろう。繊細すぎるバランスで成り立っているからそう感じたのかな。もちろん麺と合わせるとずば抜けておいしいのだけど。来年のため、正直な感想を残しておく。
夜は、さとなおさんおすすめの居酒屋第2弾。うりずん。店のHPはあるみたいだけど、今日トライしてみてもなぜかうまく表示されず。残念だが、ここにリンクできない。
ここの店のよいところは、丁寧な解説と写真付の献立表(&持ち帰り用パンフレット)を持っていて観光客にちゃんと開かれていると同時に、地元の人たちにも愛されていることがひしひし伝わるところである。地元の人は1階のディープな席に、団体観光客は2階へとちゃんと棲み分け共存できて、初めて行った私たちもくつろげた。
料理のほうは、沖縄の現地でしか食べることのできない、珍しいものばかり。しかもとびきりおいしいのである。ついでに価格も良心的なのである(コストパフォーマンスにうるさい私がいくらであったか記憶にないというのは、そういうことでしょ?)。
去年台風で足止めされたとき、ホテルの方におしえてもらって行った居酒屋は、たしかにおいしいのだけど本土でがんばっている沖縄料理屋と大差なく、期待だけが大きく膨らんでいただけにかすかな落胆もあったのだ。
うりずんは違う。膨らみに膨らんだ期待以上だった。「みきりん、こんなの初めて」と何度小声で叫んだことか。わざわざ沖縄に来たんだから絶対損したくない(試行錯誤したくない)というせっかちな人は、まずうりずんに行くべきである。
私が一番感動したのが、豆腐よう。大和で経験した豆腐ようはどれもつんとくる刺激が強すぎたのだが、ここは濃いくせにまるい味。ちびちびなめながら、泡盛を飲むと幸せよ。また宿題が増えた感じ。ちなみにこれまで泡盛が苦手だった夫もここのはおいしかったそうな。
あと正直に告白すべき点がひとつ。それは私がレバー嫌いなこと。血イリチイのレバーは臭みもなく大丈夫なのだが、肉の部分のほうが好みだったので、せっせとレバーは息子に与えた。渋好みの息子はそれはそれはおいしいそうにパクパク食べたのである。
言い忘れていたが、初日も含めてすべての店で生オリオンビールを注文している。冗長ゆえ項目には挙げていない。ホテルの部屋では缶のオリオンビールもぐびぐび飲んでいた。ふだんそれほどビールは飲まないのだけど、沖縄は別。息子はオリオン缶ビールのことを「お月様のビール」と呼ぶ。よくよく見ると缶に太陽と月の模様が描かれていた。ポエティックな表現である。
8月26日(金)
・うなぎ弁当
東京日帰り出張。帰りは、総武線を乗り過ごしたり、思い切り近鉄線の接続が悪かったりして、帰宅は結局午前様になってしまった。新幹線のなかでうなぎ弁当をそそくさと食べた。
今日は沖縄話はお休みにして、かしこまってみなさんに発表したいことがあります。
5月23日書類締め切り、7月5日プレゼンをおこなった研究提案がなんと採択されました。JSTの さきがけというファンドにおける デジタルメディア作品の制作を支援する基盤技術という研究領域で、この10月から、勤務場所は今のままで出向という形で働くことになります。領域代表は原島博先生で、最近は顔学という新しい分野も開拓されています。
今日は、今年度採択されたさきがけ研究者の説明会が開かれたのでした。同じ領域で採択された他のメンバー4人はアーティスト系の人たちばかり。私は制作者ではありませんが、平田オリザさん主宰の青年団の稽古のフィールドワークを中心に研究をおこなう予定なのでテーマ的にはアートとのつながりは深いといえます。理工学系が中心の他の領域と比較して、かなり異色な選定なような気がします。無理せず話が合いそうな方たちばかりでほっとしたと同時に、これから先がむちゃくちゃ楽しみになっています。
ただでさえ勘違いの多いお調子者に、この手の喜びがどーんと与えられるのは、危険です。採択が決まってからこまごまとしたミスを連発していますし、今日も電車を乗り過ごしてしまいましたし。にやにやぼーとして交通事故に遭う危険性もあります。
傲慢になりそうな自分に冷や水を浴びせるために、行きと帰りの新幹線で高橋和巳の『我が心は石にあらず』を読みました。平田オリザさんの『海よりも長い夜』のモチーフとなった小説でもあります。この作品を読んで微笑みとか朗らかな笑いをする人はいるでしょうか。ユーモアをわざと殺しています。私よりもっと上の世代の人たちにはノスタルジーを引き起こす作品かもしれませんが、経験の浅い私には現実の問題であるとしか思えず、距離感がうまくとれません。
どうかみなさん、これからも日記をつけていきますので、私が多額の公金を私物化していないか「儀礼的無関心」でもって監視してくれませんか。暖かい心で見守ってくれなんて言いませんので、どうかお願いします。
研究提案作成にあたっては、影で支えてくれた人々がたくさんいます。リップサービスで言っているのではありません。本気です。なんなら私の一番最初の提案書ヴァージョン、パワポヴァージョンをお見せいたしましょう。プアプアプーです。
この場をお借りしてお礼を言ってさらりと済ませられるほどちっぽけな感謝の度合いではないので、おひとりおひとりにゆっくりとしたペースでお礼をしていきたいと思います。決してお礼参りではありません(ご安心を。念のため)。
2日分+沖縄1日分まとめて更新!
8月27日(土)
・まぐろのづけ丼
・なめこの味噌汁
・オクラのしょうゆマヨネーズソース
8月28日(日)
・チキンカレーライス
・トマトとマッシュルームのサラダ
両日とも夫が作ってくれた。私はたまったその他の家事と土曜夜から発熱した息子の看病をした。やっとご就寝。明日もぐずぐずとした調子だったら私が会社を休んで対処することになっている。ただ快方に向かっていると思うので、気分的には楽になった。油断は禁物だが。
土曜のまだ息子が元気だったときに植物日記を更新。数時間後のことも予想できずのりのりでいる。
8月11日(木):粟国島1泊目
昼at港の食堂
・沖縄そば
夜atプチホテルいさ
・おいしい民宿料理いろいろ
那覇から9人乗りのプロペラ機で粟国島入りした。同乗者は、遺骨を抱えたご家族だった。粟国島出身のおばあさんが亡くなったので、島に納骨に行く途中だという。島には築50年ほどの家があるが、夜泊まるのは心もとないので、近所の宿に泊まるという。偶然にも私たちと同じ宿であった。狭い飛行機のなかでこのような会話を交わした。
お昼には到着したので、昼ごはんは島で食べることにした。初めて行った港の食堂はいかにも沖縄のおばあおじいらしい老夫婦が切り盛りしていた。息子があまりにおいしそうに声を上げながら、そばの上の豚肉を食べているので、途中でかたまり肉をさらに一切れおまけしてくれた。
夜は粟国島の常宿プチホテルいさで、いつ来てもしみじみおいしいなあと思える料理をいただく。
さとなおさんも『沖縄上手な旅ごはん』で離島の楽しさを克明に記述しているが、ここ粟国島にも生ビールサーバー、きれいな海、満点の星は当然のようにある。
さらにプチホテルいさでは、おかみさんの趣味でおいしいコーヒーまで飲めるのである。さらになぜか、お客さんの置き土産として、おしゃれな建築デザイン系雑誌「カーサ・ブルータス」のバックナンバーが2003年から揃っているのだ。年毎に増えている。今年は6月号まであったので、そのお客さんは今年はその頃までに来ていることになる。いったい誰?
夫と息子が長い昼寝をとっているあいだ、私は部屋でコーヒーを飲みながら、粟国島にあるから買わなくなった(せこ!)雑誌1年分に読みふける。フィリップ・スタルクってクールガイなのねと、にわか知ったかぶり情報通になれること確実である。
8月29日(月)
・カレーうどん
・ベビーリーフサラダ
夫婦合作(といえるような献立ではないが)。
今日は夫がどうしても休めないので、私が休んで息子を病院に連れて行った。診断は「風邪」。顔や手足にできたぶつぶつは、あせもの一種らしい。手足口病やその他の病気ではないとのこと。見分け方のポイントは、耳の後ろにぶつぶつがあるかどうかということだそうだ。あせもの場合、そこにぶつぶつは全然出来ないらしい。
息子に対する日頃の放任主義を反省して、抱っこを求められたらなるべくずっとそうしていたが、「ゆうくん」と言って抱きしめたとき、大好きな保育園の先生の名を呼び返すのはやめてほしい。
8月12日(金):粟国島2泊目
昼at大衆食堂(沖縄料理・中国広東料理)
・沖縄そば
おやつatプチホテルいさ
・ゆし豆腐
夜atプチホテルいさ
・おいしい民宿料理いろいろ
この日の大ヒットはなんといってもゆし豆腐だろう。ふやかした大豆をミキサーにかけ、海水をにがり代わりにしていっしょに煮ていくと、ぽこぽこ塊が浮かび上がってくる。この段階の豆腐の赤ちゃんを沖縄ではゆし豆腐と呼ぶ。(本土でいうおぼろ豆腐のこと)
「ゆし豆腐あるけど食べる?」と、泳ぐには強風高波すぎるため、海水浴を諦め、部屋で昼寝をしていた私たちのもとへ、おかみさんから電話がかかったきた。
厨房まで降りていってもらってきた、できたての豆腐は、脱帽的おいしさでございました。初めて体験した味です。粟国島は塩で有名だが、そのミネラルたっぷりの塩ができる海水で煮詰めた豆腐のすばらしさといったら。
「箱に入れて固めると島豆腐になるのよ」とおかみさんは言っていたが、夜のお味噌汁の具として、普通のちょい硬めの豆腐が入っていた。それだけである。もっといろいろ演出すれば、本土の客は嬉々として喜ぶだろうに、奥ゆかしすぎます。
沖縄の伝統的豆腐の作り方に関する「ニガリばしった薀蓄」をもっと聞きたい方は、『沖縄上手』のページを開くべし。この本もすごいよ、網羅的。さすが教科書、出し惜しみなし。変な駄洒落まで出し惜しみしてないのがたまにきずだが、手元に置いておく価値ある本である。
8月30日(火)
・ごはん
・ねぎとしいたけの中華スープ
・焼きビーフン
・ぎょうさ
・プチトマト
・コーヒー
・モンブラン
今日は夫が仕事を休んで息子の看病をし、夕食も作ってくれた。明日は二人とも一日中休むことはできないので、私が午前中出勤、夫が午後出勤して乗り切る。
ちなみに私はこれから徹夜覚悟で論文を書けるとこまでとにかく書いて、ボスに見てもらうつもり。明後日からアメリカに1ヶ月間出張に行くからだ。まさか本当に行くとは思ってもいなかった。
沖縄話は後日にまわす。
8月31日(水)
・ごはん
・野菜たっぷり中華スープ
・馬刺し
・冷やっこ
・もずく
・コーヒー
息子は保育園に復帰できるまでほぼ回復したが、代わりに夫が頭痛、鼻水、微熱と風邪の初期症状を訴えはじめ、私もなにやら喉に違和感を感じるようになった。息子、夫、私の順番に床に臥せるという、地獄の黄金パターンにはまりつつある。
今倒れるわけにはいかないので、困ったときに(だけ)読む別冊太陽の『橋口先生のおいしい漢方ごはん』をぱらぱらめくる。今の家族3人に必要なのは「補血」。補血には馬肉が効果的だという。おお、うちにちょうどあるではないか、冷凍ブロックの馬刺しが。というわけで決まった本日の献立であった。
この『漢方ごはん』はどちらかというと見て読んで楽しむタイプの本で、実際このなかのレシピで何か料理を作ったことはない。実際にいつも世話になっているのは、『ねぎ・しょうが・にんにくで作る美人食』(葉小青・はまの出版)で、副題は「簡単スピード薬膳で美しく健康に」とある。美人食と薬膳という単語にひかれてネットで衝動買いしてしまった本だが、大ヒットだった。しきいが低くて、すぐ作ってみようという気になるレシピばかりである。マニアックな本格派の方にはものたりないだろうが、初心者にはうってつけだと思う。
とにかくこういうので自分たちに暗示をかけながら、風邪を追い払ってやる! もう、あっち行って、あっち行って!!