料理ネタ


2007年1月

(長崎滞在記:続き)

1月1日(月)
・ごはん
・伊勢えびの味噌汁
・はまちの刺身
・おせち料理の続き

昼間は一番目の兄夫婦も合流して新年を祝った。兄は子どものころ小児麻痺にかかって、今でもからだが不自由だ。今年50歳になる。ゆういちろうに会うたびに「かわいか、かわいか」と言ってくれる。これまで帰省したときはゆういちろうは兄に近づこうとしなかったが、今回は全然違った。大変なついて、父親と一緒に坂の下までの送り迎えを進んでかって出た。兄夫婦が帰った後も、「長崎のおじちゃんはまた来る?」と質問。

伊勢えびとはまちをそれぞれ丸々一匹、兄夫婦からもらった。ここは男の出番、夕食として夫に男の料理を作ってもらった。伊勢えびはぶつ切りにして味噌汁に。はまちは3枚におろしてたっぷりの刺身とあらの煮物に。

えびからは濃い真っ白の出汁が出たうえに、ミソも入り混じって、えもいわれぬ一品になった。刺身も美味だった。長崎は魚がとてもおいしい。一切臭みなし。家庭で簡単に(といってもさばくのは大変だが)ごちそうになってしまう。母もよろこんでくれたようで、よかった。


1月2日(火)
・はまち茶漬け
・はまちのかま煮
・ぶり大根(はまち大根?)
・白菜の漬物
・梅干

はまちづくし。かま煮と大根がおいしくできた。しょうががあれば、もっとよかったな。前日の残りの刺身を生のままで食べるのは怖かったので、湯引きにして、鯛茶漬けと同じ要領で食してみたが、うーん、これは断然鯛のほうが合った。

母はこの家に帰って二日目の夜から、夜中トイレに起きる回数が劇的に少なくなった。みんなで驚いている。やっぱり家がいいのか。食事は基本的に夫が作っているので、母にとっては自分の息子が手作りしたものを口に入れていることになるし、安心感があるのかなあ。


1月3日(水)
・ごはん
・豚しゃぶ、ゆで大根葉添え
・昆布だしに浸した温やっこ
・かぼちゃとピーマンの煮物
・白菜の漬け物

夕食は夫がフル回転して作ってくれた。調理器具は鍋のみで乗り切った。合宿所みたいだ。奈良に帰ると、締め切り続きで目のまわる忙しさだと思う。それに比べると長崎ではのんびりさせてもらったと思う。

今回の帰省では、母の身の回りのことも手伝った。私が全く慣れていないことも多く、施設のような身体的快適さを再現できたかどうかはこころもとない。ただ母は私たち夫婦のことを変人と思っているようで、その辺は助かった。変に気を遣ってもらうと、こちらもやりにくかったので。さっぱり豪快な人のままでいてほしい。

これまでの帰省ではお昼は中華街で食事したりお気に入りの喫茶店で珈琲を飲んだりなど、好き勝手に過ごしていたが、これからはそういうわけにはいかない。でも、少なくとも私はこれから毎回プチ・ウルルン滞在期の気分を味わうことができるだろう。感謝している。

うらをかえせば、期間限定だから表向きの問題は噴出しないで済むのだ。だから今回の長崎滞在を「介護」初体験とはとてもじゃないが言えないでいる。

お、そうだ、そうだ、昼間、兄夫婦も合流したときに教えてもらった話。この春、兄が単行本を出すことになりそうだ。詳しいことが決まったらここでも紹介しますね。

遅くなりましたが、あらためまして。
昨年は大変お世話になりました。
今年もよろしくお願い申し上げます。
(長崎滞在記:続き)

1月4日(木)
・ホテルでフレンチディナー

夕方母を老人センターに送っていった。兄夫婦もそこで合流。母は施設の方に夕食は食べたくないと言うなど、あまり機嫌よくはなかった。握手して別れた。母は両手を差し出し、片方の手は兄、もう片方は夫と握手し、「ネットワーク」と呪文のように唱えた。同じように、兄のお嫁さん、私とも握手。最後、ゆういちろうの手は両手で握り締めた。

私たちはその後いったん家に戻り、最低限の掃除をして、ホテルに泊まった。またもや外に繰り出す気分ではなかったので、ホテルで食事した。明朗闊達にはしゃぎながらの食事ではありえなかったが、かといって暗く淀んだ雰囲気でもなかった。筆の力がないので、そのときの気分をうまく表現できないや。

かえってさびしい思いをさせるから、最初から行かないほうがいいとは絶対に思えない。いままで聞いたこともなかった少女時代の話もたくさん聞けた。施設の方にも、ふだんは離れ離れになっているけどたくさんの家族の目があることを知っておいていただくのは、重要なことだと思っている。

私費で看護婦さんを住み込みで雇えるほどの経済力があれば話は別だが、そんな余裕はうちにはないので、現行の制度上利用可能な公的施設に頼るほかないのだ。母が健やかに過ごせるよう、どうか力を貸してください。


1月5日(金)
・握り寿司
・赤だし(生みそずい)

長崎から伊丹に飛行機で昼過ぎ到着。小春日和だったので飛行場の展望台で飛行機の離着陸をのんびりと飽きるまで見た。ゆういちろうはいたく興奮していた。

奈良の家に帰った。極寒。今年度は家を空ける日が多かったので、どうも自分の家としてのリアリティがない。スーパーでゲットした食料をそそくさと食べた。これから寝る。
1月6日(土)

・雑煮
・ほうれん草の白和え

夫が作ってくれた。長崎では朝か昼に雑煮を食べていたが、今日で今年初の夕食雑煮となった。うちの雑煮は長崎風に鶏を使った澄まし風の鍋雑煮である。

長崎で利用したスーパーでは2件とも、「雑煮用」として細かく刻んだ鶏のもも肉とむね肉のセットが売られていた。関西では「雑煮用」と称したものはなく、似たようなものが「茶碗蒸し用」として売られている。たぶん、関西における「お好み焼き用」豚バラのようなものなのだろう。私はいまだにお好み焼き用の豚バラとそうでない薄切り豚バラの差異が分からないが、お好み焼きにするときは何となくお好み焼き用のものを買ってしまう。

ゆういちろうは餅が大好物だ。小さいからだで2個はぺろりとたいらげる。細かくきざんでいるとはいえ、興奮して一気に飲み込んでのどに詰まらせないか気を配っていないといけない。

昼間は、庭の手入れをしたり、トイレが詰まったり(業者さんに来てもらった)、財布を失くしたかと思って探し回ったり(結局見つかった)、すっかり忘れていた車検(今日まで)に大慌てで向かったりと、落ち着かなかった。

年末長崎で書ききれなかった年賀状を書いて出せたのはよかった。ご挨拶が遅れてしまった方へ:たいへん失礼をしました。大目にみてください。
1月7日(日)

・七草粥
・雑煮

スーパーで七草粥セットなる菜っ葉の詰め合わせパックを去年発見して以来、1月7日は殊勝な気分(=家族の健康を祈る)でお粥を作ることにした。今年も遵守。「鏡餅」として売られているプラスチック製の餅型ケースのなかの餅を入れた雑煮を作って、かろうじて形だけでも年中行事を遂行した。ムード先行だけど。

ちょくちょく立ち寄るMさんのブログがひさびさに更新されていた。それぞれのご家庭でそれぞれのお正月があるんだなあ。お餅や握り寿司も自分のうちで作るんだ、と尊敬のまなざしを浮かべている。そういえば私の子どもの頃も本家のおばあちゃんちで餅つきをしていた。おばちゃんの手が誤って杵で打ち下ろされたらどうしようとどきどきしていたことを覚えている。正月は熊本の母の実家で過ごすことも多かった。ある頃から、熊本では杵と臼の代わりに餅つき機に変わり、いつのまにか岡山の実家でも本家でついた餅ではなく、餅は外で買うものになっていた。いつ頃からなのか、はっきりと覚えていない。

どうにかお正月のぴりりとした気分をゆういちろうに伝えたいと思っていたが、アイデアをもらった。こういうときこそイベント好きであることを隠さず、思う存分全うすればいいのだ。そのためにも「そんなのやってる場合じゃない」と忙しがる癖をなくさないとな。
1月8日(月)

・海鮮ちゃんこ鍋
・のち卵雑炊

夫が作ってくれた。ひさびさにしみじみとおいしい「普通」の鍋となった。今年は、いただいたおせちの重箱と雑煮以外はそれほどお正月らしいメニューをそもそも食べていないと思っていたが、やはり普段の食事に戻ったんだなと感慨がわいた。

今日は成人式の日らしい。数年前まで式典会場で暴れる新成人の話題がホットであったが、最近それほど報道されないということは、恒常化したのかおとなしくなったのか?

13年前(14年前?)の私は成人式には出なかった。「自治体に祝ってもらってうれしい?」という二十歳らしいもっともな主義主張と、旅行に行く現金が欲しいという二十歳らしい私利私欲がからんだ決断だった。私はかなりしぶちんなほうで、自分が価値を認めていないものには一銭も払いたくない。つまり、振袖などの衣装にお金を使うぐらいだったら、大目にお小遣いをちょうだいという、あまり品のよくないおねだりを両親にしてしまった。立派な主義主張がかすんでしまっている。。。

しぶちんぶりは現在も発揮している。たとえば、車。私自身免許をもっていないし、車は持ったとしてもあくまで軽自動車主義だ。あとは、人の流しっぱなしにしている水道の水がむちゃくちゃ気になる。他はほとんどザルに近いくせに(かつよしさん、いろいろすいません)、車や水のことになるとむきになるので、周りからは不思議がられる。物事にこだわりを持たず、いつも優雅ににこにこしていられる人に憧れるけど。。でも、なんで車と水にむきになるんだろう。
1月9日(火)

・湯豆腐
・刺身盛り合わせ(少々)
・鶏入りきんぴらごぼう
・〆卵ごはんとうどん少々
・コーヒー
・バウムクーヘン

今日も夫が作ってくれた。胃にやさしいメニューである。

今頃原稿を書き始めて一気に峠にさしかかった感じ。うひょひょ。気分よし。昨日まで何かにつけぶつくさ言っていたのがうそのよう。でもめりはりがありすぎる。自分で呆れる。まだ先は見えないので、あまり浮かれずにゆっくり寝て頭をクリアにして明日に備えよう。
■追記■
以下の、「4日分まとめて更新!」以降の文章を書いて、意気揚々とアップして、布団に入ったまではよかった。静かに眠りにつく予定であったのだ。ところが、終電もとっくに過ぎた深夜に、夫が帰宅するなり、反吐がでらあと言い始めた話を聞いて、私まで逆上して寝れなくなったので、自分の気持ちを静めるためにこれを書く。ここに書くことへの許可は夫からとれたので、思う存分書く。

その、私まで伝染してしまった怒りの矛先は、パーティに来ていた誰もが知っている東京の有名私立大学の教員の発言だ。

「ぼくはね、東大の授業料は3倍にしてもいいと思ってるんですよ。そうすりゃ、貧乏だから国立しか行けないやつでも、うちの大学受けてみようかと思うでしょうが」

「高校までドサ回りに行くこともしょっちゅうなんですが、保護者の気にすることといったら、授業料いくらだとか、それで養っていけるのだとか、うんざりするんですよ。そんなみみっちいことばっかりで。学生の好きなことを思う存分やらせりゃいいのに。」

50年以上も生きてきて、ここまで厚顔無恥のままでいるとは。恥知らずな人は、自分が恥ずかしいことをして全く平気で、人にいたたまれない恥ずかしい思いをさせてしまうのだ。どうしてこう、自分たちのことしか考えられないんだろう。それでよく「学生の教育をどうしたらよいか」なんて平気な顔して言えるもんだ。

そんなに学生の教育のことを真剣に思ってるんだったら、保護者から授業料取るなんてみみっちいこと言わずに、全員全額免除しろや。人のことみみっちいという前に、私財を投げ打ってそういう運動を自分が立ち上げろや。

私も短期間だけど私立大学に勤めていたことがあるので、私立大学のおかれている大変な状況は少しは分かっているつもりである。でも、前任大学でそんなこと公の場で言う人の姿を見たことないし、今でもひとりもいないと信じている。

優秀な学生を東大、京大に取られていると思うのは、あまりにもご自分たちを過大評価しすぎていないか。学生も馬鹿じゃないから、そういう教員の多そうな大学には最初から行かないだけだ。

ところが、である。その教員の発言に賛同する人間がその場に何人もいて、その話題で楽しそうに盛り上がっていたというではないか。

それまで我慢してだまって聞いていた夫が、パーティの掟を破り無粋に反論すると、水を打ったように場が盛り下がったそうだ。他にも夫に賛同する先生がいて、さらに静まり返ってしまったそう。もし私がその場にいたら、反論する勇気はない代わりに、きっと席を立って帰るだろうな。で、家に帰ってから、泣く。

うちだって父がたまたま幸いなことに元気で働いてくれていたから、かろうじて進学をあきらめずに済んだのだ。だから、たまたま非常にラッキーであっただけで、全然当たり前のことではない。

私は、様々な事情でたまたま授業料を払えない優秀な人々がいたことをよく知っている。また、授業料を払えなくなったから、退学を余儀なくされた人々のことも知っている。そういった学生の事情に同情しすぎて自分を見失ってしまわないようにするのが、大学の教員の仕事のひとつだといままで思っていたが、そうでなく、3倍値上げしてもいいと言える教員もいたのかと思うと、悔しい。悔し泣きだ。

今私のできることは、この一例で、オヤジ嫌いにならないようにすることだ。下手すると、存在すべて汚らしく思えてしまうから。ちゃんとしている人はちゃんとしている。冷静でいよう。
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4日分まとめて更新!

1月10日(水)
・チキンカレー
・じゃがいもと長ねぎのスープ
・ベビーリーフサラダ

10日の夜は徹夜して、原稿を仕上げたのだった(より正確には、半徹。ねむねむ攻撃に押され、いったん布団に入ったも、小心者ゆえ寝付かれず、朝6時ぐらいから執筆再会した)。もっと余裕をもって事にあたればいいものを。自分でもいったい何をやってるんだと思うが、これが私の現実だ。

とはいいつつ、夕食は自分で作ったのだ。偉い、よくがんばった。とかげの尻尾を入れて煮込んだかのような鬼気迫る台所風景であったことであろう。


1月11日(木)
・ごはん
・かぼちゃのポタージュスープ
・ハンバーグ
・トマトとレタスのサラダ

ハンバーグは夫、スープは私と、分担して作った。徹夜明けの日に、何をやったか、ほとんど覚えていない。思い出せないということは、つまり、何も考えていなかったということだ。あ、ひとつ、確実に考えたことがある。かぼちゃのポタージュスープは、これからは倍量作って、翌朝も飲めるようにしたらハッピーだということだ。

お、書きながら、この日のことを思い出した。原稿も無事受け付けてくれ、これから第一次査読にまわされるとのこと。無事通過できればいいのだけど。若手にとって、一年に一本論文が出るかどうかはライフプランにかかわる重要なことだからな。


1月12日(金)
・ごはん
・ロールキャベツ入りミネストローネ
・クレソンとマッシュルームのサラダ

洋食メニューが続いている日日。手作りミネストローネに市販の冷凍ロールキャベツを入れて煮込んだら、大ヒット作となった。簡単にできるので、これから我が家の永遠系の献立になると思う。ご飯をスープに浸して食べるとおいしい。これは昨年12月フィールドワーク中にモスバーガーの新作から学んだことだ。

1日中、呆けてた。徹夜はだめだ。ペースが崩れて、クリアな頭になれない。19日締め切りの原稿(しかも苦手の英語)もあるので、あまりほっとしていられないのに。。。


1月13日(土)
・卵ごはん(ゆういちろう)&白ごはん(私)
・ミネストローネ風味のパスタ
・温やっこ
・梅干

ゆういちろうと二人で食べた。夫は学科の懇親会パーティ@ヒルトンに参加のため不在。そういうときは適当にあるもので済ませてしまうのであった。

ゆういちろうは卵ごはんが大好物だ。あつあつご飯に自分で卵を割りいれ、かき混ぜて食べてる。お代わりもした。そのほか、渋い好物として、角砂糖がある。ホテル系のちょっとお澄ましした席でも、デザートとして角砂糖(コーヒーについてきたやつ)をほおばる行為を止めない。どんなに素敵に飾ったデザートが出てきても、彼は角砂糖のほうがお気に召すらしい。いくらでも欲しがるので、4個目は禁止の措置を取っている。そういえば、パンについてくるおいしいバター(家では出したことのない高級なやつ)にも目がない。いきなりバターだけ齧るのだ。

親としては、恥ずかしいので止めてほしい。でもなぜか、給仕の人たちの心はゲットするみたいで、ゆういちろうを連れて行くと、私たちもいいサービスを受けられることが多い。だからあまり文句はいえない。
1月14日(日)

・ごはん
・あさりの味噌汁
・鶏の酢照り焼き
・いわしの開き焼き
・もやし炒め
・わかめと春雨の酢の物
・トマトとマッシュルームとサラダ菜のサラダ

夫婦で協力して作った。お互いが、ほとんど自分の原稿を一瞬忘れるためにまめまめしく家事育児にいそしんでいるのだと思う。床掃除もしたし、庭仕事もしたし、散歩もしたし。ひさびさに植物日記も書いたし。
3日分まとめて更新

1月15日(月)
・ごはん
・なめこの味噌汁
・ぶりのステーキ
・じゃがいもとたまねぎのサラダ、レモンソース

近所の生協の魚売り場でぶりの隣にレシピが添えられて売られていた。手書き紙切れ風のコピーの束がいい感じで、思わず手にとった。いったいこのレシピの考案者は誰なんだろう。贈与の精神にあふれた人だ。実際に作ってみて、とてもおいしくできた。ぶり照りの洋風版とでもいうのかな、和食でも洋食でもどちらでも大丈夫な味である。紙切れの文章そのままでレシピを紹介する。
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ぶりのステーキ

 ぶり    4切
 塩     小 1/2
 小麦粉  大3
 サラダ油 大2/3
 バター  大2/3
 青しそ  8枚

 A 赤ワイン 1/3C
   しょうゆ  大1
   砂糖    大2

 こしょう  小1

1.ぶりは塩をふって10分おき、ペーパータオルで水気をふき、小麦粉をまぶす
2.フライパンに油、バターを熱し、ぶりを入れて中火で1分、弱火で3分、両面焼きます
3.合わせたAをまわし入れて味をからませ、こしょうをふり、皿にもり、青じそをせん切りにしてもる


1月16日(火)
・親子丼
・大根と白菜の中華スープ
・きゅうりの漬け物
・もずく

週明けから四六時中眠い状態が続いている。うえの献立を作り終えるのに、1時間半もかかってしまうのだから、どれだけぼーっとしていたか分かる。とにかく眠かった。家事をやり終えたら一刻も早く布団に入りたかった。こういうのを、やりたくない病にかかっているというらしい。原稿を提出し終えたら、すっかり症状は消えてなくなるのだそうだ。


1月17日(水)
・白ワイン
・ごはん
・ねぎとしいたけのマロニー入り中華スープ
・肉団子の野菜あんかけ
・青梗菜の塩炒め

夫が作ってくれた。夕食の買い物と夕食作りを代わりに担当してくれると、帰宅後の疲れ方が全然違う。明日も英語で文章を書いていくことを考えると、とうとうお腹まで痛くなってきた。苦手なことをするのは、やはり気が進まない。でも誰に頼まれたわけでもなく、自分から進んでこの仕事を選んだのだから、やるしかない。原稿の締め切りが近づくたびに大騒ぎをする癖も直したい。

同じ領域のさきがけメンバーであるKさんの日記を読んだ。やはりKさんはおもしろくて好きだ。お正月のエジプト調査から帰ってきて、日日の生活に戻っているみたいだ。日本語の日記の下に英語文も載せている。ちょっとした積み重ねが大切に違いない。私もまねしようかなと思うけど、そうしたら更新の頻度が劇的に下がるような気もしてためらっている。
1月18日(木)

・鶏の鍋雑煮
・茶碗蒸し
・焼きぎょうざ

夫が作ってくれた。助かる。研究所の同僚(男性)のおうちに無事赤ちゃんが産まれた。かわいすぎて、かわいすぎて、そのうち乳を出すかもしれないとのこと。ほんとに出たら教えてください。ともあれ、おめでとうございます!!
1月19日(金)

・牛肉コロッケ
・刺身盛り合わせ
・卵ごはん
・ピザ
・かぼちゃのスープ(パックのもの)

夫が宴会のため不在。もう何をしたいのか分からない献立になった。卵ごはん以外出来合いのものを上から順番につまみながら食べていった。行儀悪い。

明日から裁判、冤罪をテーマに周防監督の新作『それでもボクはやってない』が公開されるそうだ。去年の法と心理学会にもいらしていたし(ちゃっかり『アート/表現する身体』をお渡してきた)、相当綿密な取材を重ねていたみたい。早く作品を見たい。

今から13年前の二十歳の頃、冤罪が疑われる被疑者の供述分析をやりたい、心理学は裁判に関わるべきだと所属学科で主張したけど、どちらかというと冷淡な反応だった。今にして思えば、それは当然の反応だったのだと思う。主張の仕方が舌足らずで稚拙で、もしかしたら意地悪な人からは「マルクスお嬢さんのつもり?流行らないわねえ」と思われていたかもしれない。ただひとり直接はげましてくれた院生の方(いまは大学教授)には今でもとても感謝している。それにしても、「メジャー」な監督がこの問題を取り上げるなんて、その当時は夢にも思わなかったな。

当時は今よりも血の気が多かったので、大学院受験を期に、そこを飛び出し、別の学科にいた先生のところに駆け込んだ。その問題にもっとも理解のある先生のひとりで、私の指導教官、恩師にあたる方だ。実は、アフォーダンスのことを真面目に学び始めたのは、大学院に入ってからだったのだ。で、アフォーダンスということばが心理学や認知科学の分野を超えていろいろなところで言われるようになったのもちょうどその頃。なんだかとても運がよかった。

大学院に入ってしばらくはおとなしく勉強に励んでいたけど、途中から平田オリザさん(青年団)の稽古のフィールドワークに没頭するようになり、家を空けてばかりの日日になった。今度は逆に、裁判をフィールドとしている研究者の方々に、なぜ演劇をやらないといけないと思ったか、きちんと説明できる日が来るよう地道に努力していきたい。でないと私はただのアブナイビッグマウスになってしまう。

というような私の思い出話を書きたかったわけではなく、今日一番書きたかったのは、高裁が横浜事件の控訴を棄却したことだ。昔のことだからもういいじゃないということか。でもまさに今のことだよ。再審請求すら異常に通りにくい昨今、もうここまでやれば十分でしょということか。喉が苦い。
1月20日(土)

・白ワイン
・あさりとトマトのスパゲティ
・かぼちゃのスープ(手作り)
・サルティンボッカ
・茹でアスパラガスとブロッコリー、レモンじょうゆかけ

原稿も出せたし、給料日だ。せっかくなんで隣町の駅前に新しくできたイタリアンでたまには外食しようと提案したが、夫が断固反対した。外で食べるくらいだったら自分で作ると。風邪気味だからおとなしくしてようと。

半分に切ったプチトマトをオーブンで50分焼いて味を凝縮させるなど、ひと手間かけた品ばかり。おいしゅうございました。ありがとう。イタリアンは家のほうがいいのかな。

やはり気が抜けたのか、風邪のひきはじめの症状が出ている。原因となるウィルスや細菌に面と向かって、「てめえ、殺すぞ」と北野映画風の脅し文句を言えたらどんなに気持ちいいんだろう。ま、でも、おまえらの嫌がることをしつこくやってやるからな。暖かくしたり、湯気を浴びたり、にんにく食べたり。覚えてろよ。

いとこのRちゃんからもらったイラスト2枚をそれぞれ額縁に入れてみた。ぐんと引き締まって、とてもいい感じ。毎日よく見えるところにかけておこう。

そうそう、ここのところずっと売り切れてて食べたくても食べれなかった納豆。今日のニュースによると、その原因を作ったテレビ番組の実験はでっちあげだらけだったそうですね。私たちはそんな番組にいとも簡単に操作されてしまうんだ。。。
1月21日(日)

・ごはん
・かに玉
・えびチリ
・チンジャオロース

今日も夫が作ってくれた。振り返ってみれば、最近私自身先導して料理を作っていない。明日から「日常」に戻ろう。風邪は悪くもならなければ、よくもなっていない。様子を見よう。
1月22日(月)

・ごはん
カゼ撃退鍋
・もずく
・きゅうりの漬け物

昨日からにんにく、ねぎ、しょうがを効かせたものをよく食べている。おやつはみかんとりんご。たっぷりめの睡眠。薬と栄養ドリンク。これだけ気合を入れれば、悪いほうには向かわないだろう。明るい風邪だ。
1月23日(火)
・ごはん
・豚汁
・キムチ

夫が作ってくれた。前日までの強気もとうとう影をひそめ、ああ私はなんて弱い女、らららららら〜と言いながら撃沈。仕事を休んで、英気を養った。そんな日でも保育園のお迎えタスクは容赦なく降りかかるのであった。はやくひとりで帰宅できるよう大きくなってほしいような、でもそれはそれでさみしいような。


1月24日(水)
・ごはん
・豆乳鍋スープ仕立て
・じゃがいものグラタン
・キムチ

キムチとグラタンの相性はばつぐんである。ここ数日は刺激を求めてキムチばかり食べていた気がする。カマンベールチーズとキムチを電子レンジで温めたものは、弁当にもちょうどよいよ。

大変お世話になった前所長さんがわざわざ研究室にいらして、ある研究者の方を引き合わせてくれた。その方の研究については、後日頭がクリアなときちゃんと紹介したい。人と会うとからだがしゃんとする。


1月25日(木)
・キャベツとアンチョビのスパゲティ
・かぼちゃのポタージュ
・スズキのソテー、ほうれん草のバター炒め添え

もっとも体調の悪い日だった。くしゃみ、鼻水、鼻づまり、微熱、頭痛、関節の疼痛と、ひとつひとつの症状は軽くても、一気にやってきたので、もうどうにでもしてという感じ。寝込むまでにはいたらず。抵抗する気力(寝て治そうという気力すら)も失せ、一応出勤はしたものの、なぜか普段手をつけなかった資料整理をおこなったあと、論文2ページ読んだだけで、呆けてしまった。

でも、いわゆる食い気と眠気だけは十分あり、帰宅後ぼわ〜とした状態で料理に精を出してしまった。塩気を効かせて、以外とおいしくできた。というか、鼻が詰まっているので、味がよく分からないからかも。


1月26日(金)
・しゃぶしゃぶ
・ごはん
・赤出汁
・きゅうりとなすの浅漬け
・ケーキ:モンブラン
・コーヒー

夫の40歳の誕生日。すき焼き用のおいしい肉を使ってしゃぶしゃぶにした(スキヤキは伊賀上野の「金谷」で食べたいので、おあずけにしようという意向を受けて)。

風邪は回復のきざし。職場でいいアイデアも浮かび、気分はよい。明日大阪であるイベントに参加できるよう、万全の体制を整えて眠ろう。前からせっかく楽しみにしていたんだもん。
1月27日(土)

・チキンカレーライス
・ゆで卵
・ベビーリーフとプチトマトのサラダ

夫が作ってくれた。とてもありがたかったが、鼻が詰まっていて、ほとんど味が分からなかった。

悪化するかと思えば楽になり、治るかと思えば悪化する、まったくもってぐずぐずといやらしい風邪にかかってしまい、予定していたイベントに行くのを断念した。みんな楽しみにやってきているトークに、だるそうな態度で参加し、ときに悲痛な面持ちで何度か中座する奴(お腹にもきた)になるなんて最低だからな。

最近でたノルシュテインの写真集を何度も見て、こころをなぐさめた。これはとてもいい本だと思う。愛情をこめて作られた仕事だというのが、すごくよく伝わってくる。『話の話』や『霧につつまれたはりねずみ』に出てくる風景も効果的に挿入されている。ファンにはたまらない。

でもって、すっかり触発され、うちでできることをした。夫に頼み込んで、自分たちの写真をここここにアップしてもらった。庭の花や自宅リビング、近くの公園でとった写真を中心にピックアップした。

ノルシュテインの話や手塚夏子さんの話を文章にまとめたい気持ちが自分のなかで高ぶっている。お二人とも微細な行為に大河のような愛情を込められる人たちだからだ。
1月28日(日)

・刺身盛り合わせ
・カレーうどん
・ほうれん草のおひたし
・納豆

夫が用意してくれた。約3週間ぶりに念願の納豆にありつけた。味もだいぶ分かるようになった。なぜかしょうゆ味がやたらきつく感じられた。

ほとんどずっと家のなかでパジャマで過ごしたが、気分転換に裏庭にそっと出て(ご近所の目もあるから)、ビオラの花芽摘みや、孔雀葉牡丹の枯れ葉取りもした。タイムやローズマリーの葉をしごいて嗅いでみた。だいぶ刺激が感じられるようになった。とにかく花が欲しくなった。優しい感じの花を買ってきてくださいと夫に懇願したら、いい匂いのするスイートピーを買ってきてくれた。食卓がぐんと華やかになった。

昨日は母の誕生日だった。数年前からバラの花を贈る習慣になっている。母はバラと相性がよく、切花でも二ヶ月ほど持たせ、そのあいだに脇芽や根を出てくるというのだ。挿し木にすると、たいてい根付き、その年すぐに大輪の花を咲かせたりする。まったくもって信じられないが、ほんとの話だ。

娘である私は、バラの切花なら1、2週間で花首がくたっと折れてしまうのが普通である。また、ためしに大輪が咲くはずの立派な苗木の鉢植えを購入して育ててみたが、葉もつぼみも虫にほとんど食われ、小さな花が哀れにぽつぽつとかろうじて咲く状態になってしまった。

ところが2年ほど前いっしょに買い物にでかけ、同じところで求めたセージやらデージー系の植物は、我が借家の庭ではほったらかしにして好き放題にはびこっているが、母は枯らしてしまったという。どうやったら枯らせるんだろう。不思議だ。うちのは除草剤をきつめにまかないと枯れないんじゃないかと思うほど勢いがあるのだ。

夫の誕生日記念に玄関に飾った百合の花の匂いが分からないのが、有機臭好きの私を不安にさせていた。週末は要所要所で花の香りの香水を浴びた。外に出ないのだから好きなだけたくさん浴びた(私は外出時には滅多に香水をつけない)。バラの香水を手首と耳の裏側に直接つけ、スズランの香水を宙に振りかけそのシャワーを浴び、ラベンダーの香水の瓶に鼻を近づけ思い切り吸い込む。気分アップには有効である。息子ときゃっきゃっ言いながら楽しんだ。
1月29日(月)
・ごはん
・あさりの味噌汁
・かつおの胡麻味噌煮
・野菜のごった煮
・野沢菜漬け

夫が作ってくれた。仕事帰り、さらに花を買い込んでしまった。風邪が治ってしまった(と思いたい)今、なんだか遠い昔のような気がする。病み上がりの独特の生まれ変わった感を味わっている。


1月30日(火)
・外食中華

隣町の駅前で待ち合わせて、家族で中華(四川系。安い)。なんだか、今日、あれ風邪治ったかもしれないと思う瞬間があった。風邪の好みをいうと、ばーんと熱が出て、うんうんうなった後、すっと治ってしまうものが、からだが劇的に軽くなる病み上がり時の高揚感が味わえて好みのタイプなのだが、今回のは全くもってだめな風邪だった。

いつもは喉や気管支がやられるのに。めずらしく鼻がやられてしまった。なかなか切れない痰よりも、なかなか切れないどろっとした鼻水のほうが、人をいらいらさせることも知った。でもって、出てきた痰は恥ずかしくて人に見せられないくせに、ちーんとかんでやっと出てきた鼻水のほうはなぜか人に見せたくなってしまう困った癖があることも知った。ごめんね、私の家族。

ぶつぶつと文句を言いつつ、治ったことは実にめでたい。データにも集中してあたれる。

今週末からバラへの思いが高まっている。食事のほかに隣町の駅前に行った理由はあって、それはハーブの専門店でバラの入ったハーブティーを探しにいくことでもあったのだ。バラやラベンダーが入ったブレンドティーを見つけた!その名も「ムカッとしたときに」。ほんとかどうか分からないが、怒りを静めるお茶らしい。今まで、バラやラベンダーの香りは大好きでも、お茶にして飲むのは苦手だったのに、このブレンドティーはすごく好き。ハーブティー嫌いの夫もなぜか好きみたい。がぶ飲みしていた。私たちはおだやかに生きたいのだ。
1月31日(水)

・キムチ鍋

昨日で1月は終わりとばかり思っていたが、今日までだったのね。得した気分だ。

夕食は夫が作ってくれた。大学が春休みに入り、時間の都合がききやすくなり、最近よく作ってくれる。ありがたい。具をいっぱい食べ過ぎて、最後の締めのうどんまでたどりつかなかった。

訂正があります。昨日のハーブティーの名前を間違えていました。「ムカッとしたときに」ではなく正確には「『ムカッ』としていませんか」という名前のお茶です。いかん、そのネーミングセンスにムカッとしてしまった。でもなんで間違えたんだろ?小林製薬の「トイレ、そのあとに」と混じったのかなあ。